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さて何をもって「偉大」とするかは難しいところですが、私はどちらが「凄かったか」でいうなら謙信公だったと思います。 「上杉謙信」という名前が広まっているのでそのように呼びますが、元々は長尾家の人です。また謙信公は頻繁に名前を変えているので、今回の回答では謙信で統一します。 謙信公は元々守護代の家です。守護代ってのは今でいうなら県副知事です。そもそも県知事でさえありません。彼は早世した兄の後を継いで長尾家の当主となりますが、そのときの長尾家の経済状態ははっきりいってカツカツでした。 で、その後の謙信公の活躍は割愛するとして、最終的に謙信公が亡くなる頃にはもう超がつくほどのお金持ちになっていました。 当時の越後の特産品は青苧と呼ばれる染料の原材料だったのですが、これの専売権を獲得していたのです。 上杉謙信というと「いくさバカ」のイメージがあり、それもまあ間違ってはいないんですけど、実は経済、金銭に対する感覚はとても優れた人でした。そうじゃないとお金持ちにはなれません。 彼は文字通り毎年のように関東に遠征していましたが、逆にいうと毎年遠征できるほどのお金があったということでもあるのです。 これに比べると、内政力が高いイメージがある武田信玄ですが、実は武田領では信玄公の時代はもちろん勝頼の代に至るまで慢性的な「銭不足」に悩まされていました。銭の絶対量が不足していたのです。だから経済がなかなか伸びなかった。銭が不足するので重税をかけるしかなかったのです。武田家は家臣団が有名ですが、逆に家臣団の発言力が強すぎて信玄公といえど思い切った経済政策はできなかったのです。家臣団の既得権益の反発がありますからね。 また謙信公の仇である関東の北条氏康も、戦国大名としては非常に先進的な官僚システムを作り上げていました。なので北条家って文書がものすごく沢山残っているのです。お役所ってのは今も昔も書類が重要ですからね。優れた官僚システムができていたものの、戦国時代の関東地方は凶作などが相次いでおり、それに加えて毎年冬になると謙信公がやってくるので経済的な安定を得られず、氏康も大変な苦労を強いられました。 それに比べると謙信公は、毎年軍事遠征をしながら貯金もバッチリということを成し遂げていたのです。欠点は、部下の使い方が荒いこと・笑。越後の武将たちは「謙信にこき使われる」か「いくさの天才に反乱して鎮圧される」かの選択しかなかったのです。 上杉憲政や村上義清など謙信公を頼って亡命してくる戦国武将がしばしばいましたが、謙信公は彼らの生活も面倒見ていたってことですものね。 さて一方の上杉鷹山公ですが、「上杉家中興の祖」ともいわれます。最終的に事実上の破産状態だった上杉家を建て直しますが、それは文字通りの晩年になってからでして、それまでは様々な事業を試しては失敗する苦難の連続でした。 「ヨソで○○が売れている」と聞いたのでそれをやって失敗していることもよくやっているので、今でいうなら「どこかの自治体がゆるキャラで観光客を増やしている」と聞いてウチもゆるキャラを作れと安易に乗っかってるみたいなもんですね。それでしくじってる自治体なんて山ほどあるじゃないですか。 それでも失敗を糧として最終的に成功しているわけですから、むしろ「凡人の星」として同じ凡人である我々は典型的な天才型である謙信公より、努力型の鷹山公を模範としたほうがいいのでしょうけどね。
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- jkpawapuro
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上杉鷹山って要は質素倹約の鬼ですので、現代で言うとリストラしまくったカルロスゴーンみたいな人ですよね。 まあ自らも質素倹約したので自分は横領してたゴーンとは人間性が違いますが、事績は似たようななものです。 どちらが偉大か・・・業績で言えばそれにより藩を救ったのだから鷹山でしょう。 どちらに憧れるか、それは戦国の天才として暴れた謙信です。 ただ謙信の場合、戦の天才というだけで主君として上杉家を強大にして次代に繋いだかというと、きちんと次代に受け渡しできず大乱を招いているので偉大な君主と評するのは難しく思います。
- 5555www
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「日本史」のことはまったく詳しくありません。以下は、昔観たNHKの大河「天と地と」や、たしか海音寺潮五郎だったと思うのですが、同名の小説や、そしてこれも不確かですが、歴史小説家の童門冬二の書籍…書籍の名前は忘れました。…の印象です。 上杉謙信と上杉鷹山、どちらが偉大だと思いますか?……どちらも「偉大」なのかもしれないけど、私はどちらも「偉大」だという印象を受けませんでした。ただ、私の知識は浅いのですが、謙信も鷹山も、「生まれた土地、置かれた立場で一生懸命頑張ったのではないかなぁ」という気がします。 それぞれに「家柄が良いにもかかわらず、何だ、あの体たらくは」という印象がありません。ご質問とは関係しませんが、ついつい「今の日本の政治家」とくらべてみたり。 また、どちらの生き方に魅力を感じますか?……「魅力」ということではないけど、どちらの時代を選びますか?と問われたら「平和な時代に生きたという視点では、鷹山かな」という気がします。やはり、戦国の世の中というのは、庶民もつらかったかも知れないし、それ以上に大将もつらかっただろうなって。今のウクライナことなども想像しながら。 ご質問の回答にはなっていませんが、「偉大だとか、魅力ということでは評価できない二人」のような気がします。
- gunsin
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上杉鷹山でしょう、赤字の藩の財政を直して明治まで上杉家を 存続する体制の元を作り揚げたのですから。 上杉謙信は私の浅学ではダメ大名ですね。 局地戦は強かった様ですが、大局観に欠けると思ってます、 武田との戦も信濃の大部分を切り取って領地にした、武田側の 勝ちでしょう。 関東管領職の上杉家を継いだばかりに、小田原の北条討伐を しなくてはならず、稲刈りが終ると小田原に進軍しました、 北条方は難攻不落の小田原で籠城して雪が降るのを待って 戦いはしませんでした、これを複数回繰り返してます。 家臣から見れば、困ったちゃんの殿様だったと思いますね。
お礼
ご回答ありがとうございます。大変勉強になりました。目からウロコが落ちました。