俳聖「松尾芭蕉」の命日。「一生で読んだ句の数」「俳諧師という仕事で生活はできた?」

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はじめに

10月12日は俳人・松尾芭蕉の命日(1694年)。俳聖として世界的にも知られ、日本史上最高の俳諧師との評価をされています。とくに、江戸〰東北〰北陸〰岐阜を巡った紀行文「おくのほそ道」は広く知られています。OKWAVEでの松尾芭蕉に関連したQ&Aをまとめました。


  • 一生でどのくらいの句を詠んだ?
  • 芭蕉の英語句の訳が知りたいです
  • 逸話や面白い話
  • 俳諧師という仕事で生活できたのですか?


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芭蕉は一生でどのくらいの句を詠んだのですか?

このぐらいみたいです
http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/basho/haikusyu/Default.htm

芭蕉の英語の句について教えてください

松尾芭蕉の句

とある国の航空会社が発行している雑誌の中の日本を紹介する記事の中で松尾芭蕉の句が英語に訳されて紹介されていました。
が、もとの日本語の句が分からないのです。
英語に訳された物は以下のようですが、
もとの芭蕉の句がおわかりになる方がいらっしゃれば是非教えて下さい。

The wind from Mt.Fuji
I put it on the fan
Here, the souvenir from Edo.

参考までにこれを日本語に直訳すると
「富士山からの風を扇にのせて、ほら、これが江戸からのおみやげですよ。」
という感じです。

芭蕉なら著作権法上も問題ないでしょうね。

富士の風や扇にのせて江戸土産

です。

芭蕉の逸話や面白い話

松尾芭蕉

こんにちわ、こちらでは初めてです。
さっそくですが、松尾芭蕉(奥の細道など)の「へぇ~」と思えるような説や話・歴史はないでしょうか?
おもしろい話でもいいです、ぜひ教えてください!!

すでにご存じでしたら、ごめんなさい。
日本三景の一つである松島に来たとき、あまりのすばらしさに感動して一句も詠めなかったのです。
(同行していた曽良は句を詠んでいたのですが)

松尾芭蕉は、忍者だった説。
曽良が、まめに記録をとっていたので、ふたりの行程と、踏破した時間がわかります。
常人では、かなり難しい短時間での移動距離だそうです。(1日平均50キロ弱)
諸国に出没するのに、一番怪しまれない、伊賀の出身であるということも、論拠のひとつです。
ところで、芭蕉の旅費は、俳句の添削料、句会のあがり、俳諧集に弟子の句を載せる掲載料で、まかなわれていましたが、京都では、おいはぎがあきれるくらいの一文無しであった。と、あります。

芭蕉は「奥の細道」を書き上げるのには大分苦労したようです。 
中の有名な句に「象潟や 雨に西施が ねぶの花」がありますが、初めに詠んだのは「象潟の 雨や西施か ねぶの花」で推敲の末に前記になりました。  少し平凡かと眉に皺を寄せて考えた芭蕉を思うと、おかしくなります。   芭蕉は技巧を凝らす方なので、そうなるのですが。
「五月雨を 集めて涼し 最上川」→「五月雨を 集めて早し 最上川」
「涼風や ほの三日月の 羽黒山」→「涼しさや ほの三日月の 最上山」
俳聖もそれなりの苦労があるようです。  「奥の細道」は紀行文ですが、創作部分も多いようです。

芭蕉の職業は俳諧師とのことですが、これでご飯は食べられたのですか?

松尾芭蕉の職業は?

こんにちは!

松尾芭蕉をウィキペディア等で調べてみると「俳諧師」と書かれています。
ハテ、それでどうやってご飯を食べていたんでしょうか。
弟子をとることで学費のようなものを貰っていたんでしょうか?

つまらない質問ですが、おわかりの方はご教示ください。

伊賀上野を出てからは一時土木作業に拘わったりしておりましたがその後深川に芭蕉庵を建て点者という俳句の添削や指導で生計を立ていました。またお金持ちから招かれ「連句」を指導して生計を立てていましたが、清貧に甘んじるところがあり、指導が厳しく遊びと考える人たちとは交わることなく(パトロン)の「去来」など芭蕉十哲の人々から物心両面にわたり援助を受けていました。しかし名前は広く知れ渡っていましたので、各地の素封家や裕福な商人を頼りにして方々旅をしていたのはご存知のとうりです。芭蕉の句は当時は大変斬新なもので各地では大変歓迎され旅費などは心配いらなかつた様です。本来江戸におれば俳句だけで生活できなくもなかったのですが、定住することで自己の文学が停滞することを恐れ旅に明け暮れました。

いわゆる「点取り俳諧師」と呼ばれるものです。
弟子の詠んだ俳句を採点するのが職業ですが、賄賂を贈って来た人にはいい点数を与えるといった風にです。
そうすれば「○○も認めた文化人!」と言った風に評価がしてもらえます。そういう副収入が結構大きかったと思われます。

ただ、芭蕉はそういう俳諧の廃れを嫌がり神田川の水道工事に従事したりしています。

まとめ

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