幕末の異端児「高杉晋作」特集!「まず飛びだすことだ。思案はそれからでいい」

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はじめに

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6月6日は幕末の志士・高杉晋作、奇兵隊、結成の日。

1863年のこの日、長州藩士・高杉晋作は武士、農民、町人など、身分の区別なく集めた「奇兵隊」を組織し、以後、それらの兵を指揮して幕府軍と戦います。


高杉晋作

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9D%89%E6%99%8B%E4%BD%9C


奇兵隊

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%87%E5%85%B5%E9%9A%8A

高杉晋作の名言まとめ

  • 戦いは一日早ければ一日の利益がある。まず飛びだすことだ。思案はそれからでいい。
  • 人間、窮地におちいるのはよい。意外な方角に活路が見出せるからだ。しかし、死地におちいれば、それでおしまいだ。だから、おれは困ったの一言は吐かない。
  • 真の楽しみは苦しみの中にこそある。
  • 少年の頃、読んだ本に「学問を成すなら世間から利口と思われる人になるな。世間から愚者と思われる人になれ。」とあったので世間から愚者と思われる人になろうと僕は願った。
  • 「朝に人としての道を悟ることができれば、その晩に死んでも悔いはない」という事こそが人の道である。人としての努力をすることもなく、ただ死に向かうのは人の道ではない。
  • 過ちを改めれば、それは過ちではないのだ。
  • 生きるか死ぬかは時機に任せよう。世の人が何と言おうと、そんなことは問題ではないのだ。
  • 苦しいという言葉だけはどんなことがあっても言わないでおこうじゃないか。
  • 先が短いなら短いなりに僕は面白う生きたい。派手な打ち上げ花火を打ち上げて、消えていく。それが高杉晋作の生き方ですき。
  • 同志と共に国を作ろうとしている。曲がった国が真っ直ぐになるのはいつか分からない。その苦労は死んでからじっくりと味わおう。
  • 友人の信頼の度合いは人の死や緊急事態、困難の状況の時に分かる。
  • 直言実行、傍若無人、死を恐れない気迫があるからこそ、国のために深謀深慮の忠も尽くせるのだ。
  • 死後に墓前にて芸妓御集め三弦など御鳴らし御祭りくだされ

高杉晋作の行動まとめ

・上海留学(西洋に植民地化された国の現状を知る)


・藩のツケにして勝手に軍艦を購入(後に数億円の請求がきて長州藩は驚愕)


・東北の海防調査に行こうと思い立つが、通行手形が降りそうにないので脱藩(ちなみに当時の脱藩は死罪の可能性もある重罪だが、高杉は5回も脱藩している)


・もっと海外を見たいと思い、ペリーの黒船に勝手に乗り込む(追い出されたものの、ペリーは行動力を賞賛)


・藩が外国との戦いに消極的と見るや「では10年、暇をいただきます」と勝手に僧侶になる。


・長州藩が四カ国連合(イギリス・フランス・オランダ・アメリカ)と戦って敗北。高杉は講和の使者としてイギリス軍のクーパー提督の元へ会談へ赴く。「300万ドルの賠償金を払え」と言われるが、「攘夷を命令したのは幕府なのでそちらに請求すべし」と支払いを拒否。


さらに「長州藩の彦島をイギリス領土として譲渡せよ」と要求されるが、高杉はその後の長州藩植民地化の危険を考え「彦島を譲る権利は幕府にも長州藩にあらず」と返答。「誰に権利があるのか」との問いに古事記を持ち出し、「そもそもわが日本国は、高天ヶ原朝廷の七代にまします常立命に始まり、イザナギ、イザナミの二神が、天の浮き橋に立たせ給い、天沼矛をもって蒼海をささせ給うて、その矛の尖から雫が垂れて島ができたもの。その後、諾冉二神の御子、天照大神が・・・」と語り、日本領土はすべからく天照大神の土地であり、自由に譲渡などできぬと拒否。


通訳のアーネスト・サトーとクーパーは立腹して苦情を言いますが、その後も高杉は延々と古事記を語るばかりで、ついにクーパーは彦島所有を諦めたそうです。後年、アーネスト・サトーはその時の高杉の様子を「負けたくせに傲然と怒っていて、まるで魔王のようだった」と回想しています。

高杉晋作らはいつごろから重要人物になったのですか?

高杉晋作らはいつ頃から重要人物になったのですか?

はじめまして。質問させていただきます。

レポートを作りはじめて疑問に思ったのですが、高杉晋作や坂本龍馬などの幕末の主要人物は、いつ頃から警護がつくようになったのでしょうか?
安政の大獄辺りには、もう重要視されていたのでしょうか?

御回答お願いします。

坂本龍馬については、1866年1月に成立した薩長同盟の際に
長州の三吉慎蔵が竜馬の警護についています。
2日後に竜馬は寺田屋で幕吏のために襲われてしまいますが
後に竜馬の妻となるおりょうが風呂場から裸で急を告げ
その際に三吉も同席していたという話は有名ですね。

この頃には龍馬はすでに幕府・薩長の両方から
重要人物として注目を浴び始めていたようですが
安政の大獄(1860年)当時は、まだ江戸の千葉道場で
剣術修行に励んでいた一人の若者に過ぎませんでした。
(彼が井伊大老の暗殺を聞いたのは土佐に帰省していた時でしたが)

高杉晋作については、警護を連れていたという話はあまり聞きません。
風来坊の高杉ですから、そういうことは嫌ったのではないでしょうか。
ただ伊藤俊輔(博文)や井上聞多(馨)は舎弟のような立場で
いつもくっついていたということです。

ちなみに彼は代々上級武士の家柄でしたが、無名の頃は
品川で建設途中だったイギリス公使館を焼き討ちするなど
手がつけられない暴れん坊だったそうです。
本当に頭角を現したのは、私の意見ですが
1864年12月の「功山寺決起」ではないかと思います。
この挙兵で高杉は太田・絵堂の会戦での勝利を経て反論を掌握、
第二次長州征伐の海戦では坂本龍馬の海援隊と連合して
幕府軍を全面撤退させ、長州復権の立役者となりました。

高杉晋作はなぜ大河ドラマにならないのでしょうか?

高杉晋作はなぜ大河ドラマにならないのでしょうか?

高杉晋作が好きなのですが、なぜ大河ドラマにならないのでしょうか? 早世ですが、それを言ったら竜馬も同じだし、とても不思議です・・・

大河ドラマは元々原作があり
原作もそこそこ以上にヒットした著名なものを
取り上げてドラマを作っています。

ここ数年は書きおろしになっていますが
そこで、有名な歴史的出来事の中に登場する人物として
主人公として新たに描かれるには、少し物足りなさを
感じる人物になってしまいます。

小説でえがいているものがあれば
また違ったのだと思いますが
歴史上の人物で同じ状況下に置かれる伊藤博文の方が描きやすい
他にも半生が短く、病気で他界されていることも
またドラマティックとは言い難いため
難しいのだと思います。

高杉晋作はなぜ大河ドラマにならないのでしょうか?

高杉晋作が好きなのですが、なぜ大河ドラマにならないのでしょうか? 早世ですが、それを言ったら竜馬も同じだし、とても不思議です・・・

大河ドラマは元々原作があり
原作もそこそこ以上にヒットした著名なものを
取り上げてドラマを作っています。

ここ数年は書きおろしになっていますが
そこで、有名な歴史的出来事の中に登場する人物として
主人公として新たに描かれるには、少し物足りなさを
感じる人物になってしまいます。

小説でえがいているものがあれば
また違ったのだと思いますが
歴史上の人物で同じ状況下に置かれる伊藤博文の方が描きやすい
他にも半生が短く、病気で他界されていることも
またドラマティックとは言い難いため
難しいのだと思います。

2009年に放送され「歴女」という言葉まで生み出した「天地人」からこっち、大河ドラマも女性票を取り込まないと成立しないご時世ですからね。
元の高杉晋作その人がモテ顔じゃないですからねえ。

あと今、ああいう強引に周囲を引っ張っていく男らしいキャラクターはなかなか受け入れられないかもしれません。とはいえ、世間にある種の閉塞感が広まっているので、それを一気に突破するようなキャラが望まれる時代になればブームになるかもしれませんね。今はちょっとこういう人がウケる時代ではないですね。私も好きなキャラクターですけどね。

高杉の辞世の句はどういう意味なのでしょうか?

高杉晋作の辞世の句

面白きこともなき世を面白く 住みなすものは心なりけり

とはどういう意味なのでしょうか?

僕は難しく考えずに、
「住みなす」という字を当てます。
面白くもない世の中を、面白く生きるのは心次第。

高杉晋作「面白き こともなき世を 面白く」
望東尼(晋作の愛人)「すみなすものは 心なりけり」
晋作「面白いのお」

が、最期のやりとりだとか。できすぎの感もありますが。
面白いこともない人生を、面白く生きてやったぞ、という感慨のこもった、上の句のように思えます。

幕末の名言

幕末の名言!

幕末の人物の名言というと何を思い浮かべますか?
僕は下記の言葉です。

「いまの場合、一里行けば一里の忠を尽くし、二里行けば二里の義をあらわす。尊王の臣子たるもの一日として安閑としている場合ではない」(高杉晋作)

「かくすれば かくなるものと知りながら やむにやまれぬ大和魂」
ちょっと破滅志向だけど潔い。国士吉田松陰の辞世、泣けます。

西郷隆盛の「敬天愛人」

無血での政権譲渡に結びついた考え方かもしれないなと思いました。

やっぱ、坂本竜馬ですね。

龍馬が新政府の役職を任せる人を考えて名簿にし西郷、大久保ら薩摩藩士に見せに行ったときのやりとり。

西郷「坂本さあ、この名簿に土佐からでるべきおぬしの名前が落ちちょりもんど。」
坂本「わしか、わしはでらん。」
西郷「なぜでごわす。」
坂本「窮屈な役人をやるがは性にあわん。」
西郷「役人が嫌なら坂本さあは何をやられもす。」
坂本「わしか。そうさな、世界の海援隊でもやりますかいのう。」

陸奥宗光のネタ疑惑もあるけど、こんなカッコイイこと言える男なら抱かれてもいいですねw

「只まさに一死をもって君恩に報いん。」 
近藤勇

「(俺は)容易に失負もするが、万一そういう逆境にだも陥った場合には騒がずに寝転んでいる。また後の機会がくるのを待っている。そうしてその機会がきたならば、すかさずそれを
つかまえて、ことに応じ物のに接してこれを活用するのだ」
「あれのこれのと心配ばかりしていては、自然と蛾え神が疲れて、とても電光石火に起きたる事物の応接はできない」
勝海舟 

「(結婚観を聞かれ)夫が東を向けと言ったら、3年も東を向いている女性は嫌です」
「あなたたちは真理を知り、真理はあなたたちを自由にする」
「アメリカ人の言葉に「時は金なり」とありますが、もしろ「時は金よりも尊し」と述べたい」
新島譲

「1怒るな2愚痴をこぼすな3過去を願みるな4望を将来に置け5人のため善をなせ」
大隈重信

「17、18の死が惜しいければ、30の死も惜しい、80,90,100になってもこれで足りたということはない、半年と云う虫たちの命が短いとは思わないし、松や柏のように数百年の命が
長いとも思はない。天地の悠久にくらべれば、松も柏も一時蠅なり。
「あまり怒りよるうと、とうとう腹もなんにもたたぬようになる」
吉田松陰

「いかばかりな善き人にても、いか程の徳あり手も、人として此の斡旋の才なきものは
世に立っことなく無用物なり」
真木和泉

「いやしくも天下に一事一物を成遂げようとすれば。命懸けのことは始終ある、依頼心
を起こしてはならぬ、自力でやれ。」
「お前に何でも俺の志を継げよと無理は言わぬ。持って生まれた天分ならば、たとえ
お前が乞食になったとて俺は悲しまぬ。金持ちになったとて、喜びもせぬ」
伊東博文

「うつし世を神去りまし大君のみあと志たひて我はゆいくなり」
乃木希典

「およそ事業をするにはまず人に与えることが必要である、それは、必ず大きな利益
をもたらすからだある」
岩崎弥太郎

まとめ




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