哲学者「ソクラテス」特集!「人のあり方、生き方についてどう思っていた?」「痩せたソクラテスとは?」

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はじめに

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4月27日は古代ギリシアの哲学者・ソクラテスの命日(紀元前399年)。

後世に残る哲学を残したソクラテスでしたが、時の権力者から「アテナイの国家が信じる神々とは異なる神々を信じ、若者を堕落させた」との罪で死刑宣告を受け、獄中で服毒し自死しました。OKWAVEでのソクラテスに関するQAをまとめました。


その他のソクラテスQAはこちら

https://okwave.jp/searchkeyword?word=%E3%82%BD%E3%82%AF%E3%83%A9%E3%83%86%E3%82%B9

ソクラテスの人間観

ソクラテスの人間観

ソクラテスの人間観について教えていただけますか?

ソクラテスは知っていた、ということです。
全て知っていた。神も、あの世も、霊界も、
自らがどこからきて、どこへいくのか、
知っていたという事です。
しかしこの世の知識人というものたちが、一体、
なにをしっているのだろうか、
彼らの知識は河原の石ころの数を数えているような知識
であり、意味の無い知識はいくら集めても智慧には
ならないのだ、そこを間違ってはいけない!
真に真理を知らない知識はいくら集めたところで、
何の意味もないという事。
愚にもつかない知識を勉強したところで、人間はわからないということです。世の中はわからない。神の世界はわからないということです。
転生輪廻はわからない、
知性という光を通じて、知性というフィルターを通じて神の世界、
霊界、あの世の世界を明らかにするという事。
知性を重んずる時代には神の道も知性的に説く必要があるという事
感性に訴えて説くだけでも、悟性に訴えて説くだけでも、理性に訴えて説くだけでも駄目であり、知性に訴えて説くことが最も良いのである。
その説法は臨機応変というか、人に応じて説く融通無碍なものであります。
有名な汝自身を知れ、とは自分自身の反省に立脚せよ、自分の良心に目覚めなさい、そして議論を通じて自らが無知である事、魂の真実にたいして、無知である事を悟らせる手法を取った。帰納法でも演繹法でもないわけです。
人間は間違った考え、愚かな考え、欲望に振り回されてますが、それは無知にもとづくものであります、その無知に気づかせるためにいろいろな
ところで、いろいろな人に説法した。ということです。
知性をつかさどる神が地上に降り、哲学の原型を造ったという事でしょうか。まさしく知天使と言うべき偉人であります。

「痩せたソクラテス」とはどういう意味でしょうか

「痩せたソクラテス」とは?

「痩せたソクラテス」とは、どういう人なのでしょうか?

「満足な豚であるより、不満足な人間である方が良い。 同じく、満足な愚者であるより、不満足なソクラテスである方が良い。 そして、その豚もしくは愚者の意見がこれと違えば、それはその者が自分の主張しか出来ないからである。 」(ジョン・スチュアート・ミル)

ソクラテスは言わずと知れた古代ギリシャの哲学者です。ソクラテスの弁明で有名です。無神論者として牢獄に繋がれます。最もソクラテスは無神論者ではないとしています。牢獄に繋がれ、弟子が脱獄させ他国に亡命させようとしますが、ギリシャを愛している彼は脱獄しませんでした。投獄されても自分の考えを貫き、かといって祖国を捨てることもしない、その生きざまであれとの言葉でしょう。
なお、肥えた豚とは飼われているので餌に困ることはなく家畜とのことです。

その他の回答はこちら

https://okwave.jp/qa/q8165212.html

ソクラテスは人のあり方や生き方に関わってくる知識について、どう考えていたのですか?

ソクラテスの考え

人のあり方や生き方に直接関わってくるような知識について
ソクラテスはどう考えていたのですか?

ソクラテスは、とことんまで理想主義者だったのでしょう。
平たく言うと、人は正しく考え、正しいと思われることを行うべきだ、と彼は考えていたと思います。

デルポイの神アポルロンより、ソクラテス以上の知者は居ないとの神託を得た彼は、知者と言われることの意味を考え抜き、また知者と呼ばれる人を嫌われ者となりながらも検証し、自分が「無知の知」を自覚していることを確信してゆきます。この「無知の知」を思索の基本原理として、ものを言う時の根拠を探りながら、対話を通じて共に正しく考えてゆこうという姿勢は一貫しています。

そして「無知の知」の啓蒙のための対話は、彼の社会活動になってもいたかのようです。
何が真かを確かめる過程は、何が不確かか嘘かを暴く結果にもつながり、多くの人々の反感を買ってもいたことでしょう。彼には神の名をもとに得た信念がありますから、彼の存在感は相当なものであったと思います。しかし、こんにちそれらの反感が不当なものであったと彼の肩をもちたくなる気持ちは、彼の問答の目的が相手を貶めることにあったわけではなく、「無知の知」の自覚を共有しその上で共に考えたいという、彼の理想を評価出来ることからくるのだと思います。

「評判の良い人は実は思慮深さに欠け、下らないと思われる人のほうが優れている」などと、暗に当時の社会を揶揄しながら人のあるべき謙虚さを問うていますが、彼自身、実生活に於いては貧乏で家庭的でもなかったようです。

理想主義者だったがゆえに、信念を貫き通し「不正を為す」ことより「不正を被る」ことを選び、キリストと同じように身をもってその証としたのだったと思います。

以上、ソクラテスの弁明、をもとに考えてみました

ソクラテスとキリストの考え方の違い

ソクラテスとキリスト

ソクラテス(Socrates)とイエス・キリスト(Jesus Christ)の(考え方の)違いと類似点を教えてください。できるなら、それが出ているサイトを教えてください。

調べてきました。
というか本読んで、考えてきました。

ソクラテスは何に沿って行動していたのかというと、ダイモン。
ライラの冒険にもダイモンが登場します。

ちなみにキリスト教はこれを悪魔だってしちゃいました。
ライラの冒険でも教権がダイモンを悪だと考え、人間から永遠に切り離そうとしていたわけですが。


で、ダイモンは、ソクラテスが善くないことをしようとするときだけ、彼を押しとどめてきた。
ソクラテスが知識人に問いかけをすることをダイモンは妨げなかったので、この行動は善いことだと思ったわけです。

ソクラテスの考えは、<人間はただ生きるのではなく、善く生きることが大切なのだ>とした。
このロゴス(原則)に立ち返り、茶番裁判で罪人だとされたからって、復讐という<不正>や脱獄とうい<不正>で報いることは、そのロゴス(原則)に反する と考えた。


イエスの場合も、茶番により罪人だとされ、逃げられたのに、逃げずに磔刑になりましたよね。

悪に悪をもって報いなかったってのは、両者とも同じ。


違いはやはり、ソクラテスは<善く生きる>ってことをもっとも重要視したのに対して、イエスの場合は、神への信仰をもっとも重要視したことじゃないかと。

ソクラテスも神を信じ、神託を信じたわけですが、それより善く生きることもっとも重要視した。

両者とも、他者の生きかたを批判し否定したわけですが、じゃあ どうすればいいのかというと、ソクラテスは<善く生きろ>で、イエスは<神を信仰しろ>と言った。



・・・・・・???????

両者ともとっても抽象的で曖昧なことを言っていたものだから、弟子は<その善く生きるってどんなことか>って頭を悩ますことになり、キリスト教は<神を信仰するって、どういうことか?>ってなり、結果、ソクラテスの弟子プラトンとむすびついてできた新生ユダヤ教 つまりキリスト教は、西洋の歴史を奈落の底に引き落としていってしまったってわけです。

その他の回答はこちら

https://okwave.jp/qa/q5012027.html

まとめ

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