戦乱の世を終わらせた「徳川家康」ガイド!「家康VS信長、勝つのは?」「体型の疑問」「遺訓について」 

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はじめに

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4月17日は江戸幕府を開いた戦国武将・徳川家康の命日。戦乱の世を統一し、1616年に75歳で没しました。OKWAVEでの徳川家康に関連したQAをまとめました。


他の徳川家康QAはこちら

https://okwave.jp/searchkeyword?word=%E5%BE%B3%E5%B7%9D%E5%AE%B6%E5%BA%B7


家康の遺訓はどういう意味でしょうか

徳川家康の遺訓

徳川家康の遺訓のひとつに「不自由を常と思えば不足なし、心に望み起らば困窮したるときを思い出すべし」とあります。
前半の「不自由を常と思えば不足なし」というのはわかるのですが、後半の「心に望み起らば困窮したるときを思い出すべし」というところがいまいち理解できません。
どう解釈すればよいのでしょうか。
よろしくお願いします。

「心に望み起らば」→心に何か欲しいもの、やりたいことができたら

「困窮したるときを思い出すべし」→昔の「困ったとき」つまり、欲しいものが手に入らなかった、やりたいことができなかったときのことを思い出すのが良い

そうすれば、「あのとき我慢できたのだから今回も我慢できるな」と考えることができるでしょう、ということを言いたいのだと思います。

家康の体型について疑問があります

徳川家康の体型

 昔から疑問だったのですが、晩年の徳川家康って下帯が自分で
結べないくらい肥満していたと聞きます。でも・・・

家康といえば質素倹約。暴飲暴食なんてありえない。しかも鷹狩が大好きな
アクティブ大御所。そして健康に人一倍気を使い薬も自ら調合したという・・・。

そもそもこの時代に肥満するほど栄養がとれるのか?さらに大坂城の秀頼、キリシタン問題、
言うこと聞かない六男忠輝、不気味な伊達の動き・・・家康はかなり神経をすり減らして、太ることなどできなかったのでは?

と、家康肥満説への疑問がムクムクと湧いてきます。
どなたか、お考えを聞かせていただけないでしょうか。よろしくお願いします。

個人的には、家康は若いころは"アクティブ大名"だったし、苦労も絶えないし、痩せ気味だったけど、それ以降は中年太りしたか、少なくともよく食べてよく動く人にいる固太りだったのではと思っています。

質問についていくつか思うことがありますので書きますね。

当時と今の肥満の基準や考え方が違う、という可能性はないでしょうか?
今よりも飢餓までの距離がずっと近い時代、現代なら痩せてはいないけど、まあぽっちゃりかなという体型でも当時では肥満!すごい肥満!と言われた可能性があるかもしれません。
また肥満=悪というのは完全に、カロリー過多による生活習慣病の概念が浸透した現代の考え方です。
当時は痩せているほうが悪い意味合いを持っていたはずです。
女性の美も、20世紀後半までぽっちゃりが主流ですし。
だから健康に気をつかうからといって痩せ体型を維持しようとしていたとは限りません。
動けないほど太りすぎれば困るとはわかっていたでしょうが、むしろ痩せ=悪の時代です。
かなりの確率で、健康に気をつかっていても痩せようとはしていなかったはずです。
だから質素だからといって痩せていたとも限りません。

当時の食生活でも太ることは可能です。
というより有史以来、世界中のどこでも支配階層は肥満気味で食べ過ぎがいます。
手に入る食材が今ほど多くはありませんし、砂糖とバターたっぷりの西洋菓子がふんだんに食べられたわけではないにしても、食べるものにも困る庶民とはわけが違います。
質素倹約といいますが、大名のいう質素倹約はおそらく、おかずの数や量を減らすものであったはずです。
麦飯は白飯よりカロリーが低いという程度で、菜っ葉のお浸しに比べれば高カロリーです。
家康は逆に「麦飯太り」の可能性があったのではないでしょうか。
糖質は摂りすぎれば体脂肪に変わります。
おそらく家康の食生活では麦飯をなんどもお代わりするのが常態だったはずです。
普段の食生活が「麦飯(おかわり有り)と粕漬けの魚だけ」なら質素倹約と書かれていても、摂取カロリー自体は高かった可能性があります。

根拠のひとつに、海苔の養殖を挙げます。
現代の一般家庭に海苔が普及したのは家康のおかげという面があります。
漁師たちに魚を献上させたことから偶然海苔を発見したのですが、家康は海苔が好物だったため養殖を推奨して江戸湾いっぱいに海苔を育てさせたからです。
浅草海苔ってブランドですよね。
それ以前は天然ものしか存在しない、厳寒の冬季に海に潜って採るしかない、どのぐらい採れるかわからない超のつく高級品でした。
家康はこの海苔をしょっちゅう食べていたようです。(本当に倹約家ですか?単に食べ慣れた食事だけが好きってタイプじゃないの?)
なにといっしょに?麦飯ではないでしょうか。海苔をちょびちょびつまみながらご飯を食べて太ったのではないでしょうか。
それに家康の好物としてもっとも有名な「鯛の天ぷら」、当時のものはすり身を揚げたさつま揚げのようなものだったそうですね。
この作り方をするさつま揚げは当時の食べ物の中ではトップクラスの高カロリーです。
これを好物を衆目一致するほど食していたとすれば、太っても無理はありません。

鷹狩りで運動すれば余計に食欲が増し、必要なカロリー以上に食べたはずです。
が、それ以前に大御所になれば毎日定期的に一定量の運動をするようなこともなくなるわけですから、太りやすい生活です。
質問に挙げられたような諸問題も、他の根幹部分がうまくはこびつつあったわけですから、ストレスではあったでしょうが食が喉を通らない…というほどとは思われません。
またそのような性格とも思えません。
人間って、ストレスがかかった状態だと食べられなくなるタイプと、逆に食べすぎてしまうタイプがいます。
もし家康が後者なら、だからこそ暴飲暴食をしないよう自分を戒めていたとも考えられます。

ただやはり一番大きいのは、食に困らないことと運動の少ない生活になったことです。
お酒も、控えていたとはいえかなりいけるクチだったそうですし、当時は今より精米歩合の荒い醸造酒でしょう。
太る理由は山ほどありますが、痩せる理由には乏しいため、太っていても仕方がないと思います。

その他の回答はこちら

https://okwave.jp/qa/q8707191.html

織田信長対VS徳川家康、どちらが強い?

織田信長対徳川家康

織田信長と徳川家康が直接対決したならばどちらが強いのでしょう?
両者の兵力と部隊数は同じとした場合で、野戦という設定です

同時期に兵力部隊数が同じと仮定すると、信長のほうが圧倒的に火力武装で勝りそうです。
信長は経済力をつけそれによる武装・傭兵の確保・常備軍化といった金に任せた手段でのし上がった大名です。

一方兵の質まで同等に見ると、私は家康に分がありと見ます。
戦術を見ると、信長は要地に強引に拠点を作る・拠点を構える・奪う、あと敵の隙を見てとり徹頭徹尾そこを押すといったいささか強引な攻めくちです。
家康は固く優位な高地をとり、優位なポジションを取り、そこから攻める形です。
両者が五分の状況下で将棋のように戦うなら、家康が後の先を取り勝つような気がします。

その他の回答はこちら

https://okwave.jp/qa/q7716522.html

まとめ

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