「上皇」特集。「お住まいは東京?京都?」「上皇と法王のちがい」「公務は行う?」

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はじめに

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2017年6月9日、天皇陛下退位の特例法が成立し、現天皇陛下が200年ぶりの上皇になられることが決まりました。「住む場所」「今後の公務」「上皇と法王のちがい」などのQAをまとめました。


上皇QA

https://okwave.jp/searchkeyword?word=%E4%B8%8A%E7%9A%87

現天皇陛下が上皇になることが決まりましたが、上皇になるとどこに住まわれるのでしょうか。そのまま皇居にいらっしゃるのですか? それとも他の場所(京都など)にお移りになるのでしょうか?

現時点での最有力案は赤坂御用地です。今の皇太子が住んでいるところですね。でも退位してすぐにと言うわけではなく,建物の改修とかがすんだ後に移る予定です。

今、京都にお住まい頂きたいと京都の市長及び府知事が国会に提言されて
いますよね。天皇陛下という立場を皇太子さまにお譲りになるのであれば
京都の御所付近でのんびりとお過ごしいただきたいと私は思いますし
東京から離れる事で陛下の体調が良くなるのではないかと思いますね。

京都の人たちが「上皇なら京都でっしゃろ(エセ京都弁)」といっているようですが、現在の京都御所はお年寄りが住むには不便すぎますし警備上問題があります(お堀に取り囲まれていない)。おまけに市内のド真ん中ですからね。
余計な出費も望まれないお二人ですから、一般的には住み慣れた皇居内で住むことになるかと思います。

個人的には、プライベートビーチがある須崎御用邸を建て直してのんびり過ごされればとは思いますけどね。

今の皇太子ご夫妻が住まれている東宮御所に移られて、天皇・皇后になられる今の皇太子ご夫妻が皇居に移ると言う案で落ち着きそうです。
http://www.sankei.com/life/news/170422/lif1704220040-n2.html

京都もいいですけど、家族のみなさんが皆東京なのに寂しいでしょう。孫にもなかなか会えくなってしまうし。それと、陛下の譲位にあたっての経費をおさえたいと言うこともあるそうです。

上皇と法王のちがいは何でしょうか

退位した天皇→上皇

上皇が出家 →法皇

というので如何でしょうか。

補足ですが

上皇とは位をしりぞいた天皇の尊称です。

太上(だいじょう)天皇の略で、院、仙洞(せんとう)ともよばれました。

上皇は出家すると太上法皇、略して法皇となります。

太上とは最上、至高の意味。

697年(文武元)に持統天皇が文武天皇に皇位をゆずって上皇と称した例が始まりということです。

簡単に言えば1番の方の回答どおりですが、上皇や法皇が同時に複数いる場合は権力を持っている方を特に「治天の君」と言い、これは一人しかおりません。
平安時代、藤原氏が天皇の外戚(母親の父)として権勢を振るいますが、それに対して天皇の実父として権力を掌握したのが上皇で、仏門に入ると「法皇」と呼ばれました。
庶民の家で言えば、母親の実家のおじいちゃんより同居してるおじいちゃんの方が偉い、と言うことになりますね。

天皇陛下が上皇になられると公務は一切なくなりますか。もしくは多少はあるのでしょうか?

法律で定めている皇室の公務は天皇が最上位です。

公務を遂行できないから上皇に退くのであって、
公務に就くなら上皇の意味が無くなります。

近代になってから「上皇」は存在したことが無いので、「公務」としてやらなければならないことは無いでしょう。ただ、天皇の公務は神事から外交まで多岐にわたり、皇后になる雅子妃があの状態ではすべて引き継ぐことは困難だと思われますので、一部は代行という形で継続されるのではないかと思われます。

なにしろ前例がありませんからね。直近の上皇は光格上皇で、文化の時代だといいますから江戸時代の幕末前夜くらいの時代です。ちょうど時代劇なんかでよく出てくる我々が「江戸時代」と聞くと漠然とイメージする時代が文化文政の頃です。

おそらくはご本人がされたいことをおやりになるのではないかなと思います。それでいいのではないでしょうか。

天皇の退位等に関する皇室典範特例法について | 首相官邸ホームページ
http://www.kantei.go.jp/jp/headline/taii_tokurei.html
---一部引用---
(1)上皇(第3条)
(1) 退位した天皇は、上皇とするものとする(第1項)
(2) 上皇の敬称は陛下とするとともに、上皇の身分に関する事項の登録、喪儀及び陵墓については、天皇の例によるものとする(第2項・第3項)
(3) 上皇に関しては、(2)の事項のほか、皇位継承資格及び皇室会議の議員資格に関する事項を除き、皇室典範に定める事項については、皇族の例によるものとする(第4項)
---引用終了---

…と退位特別法がなっているので、上皇となった後も天皇以外の皇族と同じ程度には公務があるのだろう。
今上陛下は仕事が趣味みたいな方ですし、すったもんだあったけど実は陛下ははっきり判るように天皇を辞めたいとは語ってはいませんでした。
たぶん陛下は退位された後も様々な式典に顔を出したりもするのではないかと予想しています。

以下余談
『天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議』の参考資料を見る限りでは、宮中祭祀は「国事行為」でも「公的行為」でもない「その他の行為」の中の「純粋に私的なもの」に分類されているので、公務という扱いでは無いのではないかと思われます。
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koumu_keigen/pdf/sankousiryou.pdf [pdf] p.69(73枚目)表参照)

天皇の公務の負担軽減等に関する有識者会議
http://www.kantei.go.jp/jp/singi/koumu_keigen/

907年に宇多法皇が熊野御幸を行って以来、歴代の上皇が熊野御幸を行うようになったそうですね。 白河上皇は9回、鳥羽上皇は21回、後鳥羽上皇は28回、後白河上皇の34回もされたそうです。 ですが天皇の行幸は行われていないと聞きました。 なぜ上皇は熊野御幸を行い、天皇は行わなかったのでしょうか。

天皇は、基本的には御所から1歩も出ません。例外的に出ることがあっても、近郊日帰りです。平安時代から明治になるまで、大阪湾より大きな海洋をご覧になった天皇はいないのでは。少なくとも、富士山を見た天皇は明治天皇が最初です。

伊勢神宮に参拝した天皇も、明治天皇が最初です。聖武天皇、持統天皇が親拝したという説もありますが、神宮側にも確実な記録はないようです。

 なぜ天皇が事実上の幽閉状態にあったのか。諸説あるようですが、やはり誘拐を懸念したのでしょう。取ったものが勝ちですから、危険を減らすのが上策です。

 江戸時代になると、外出には幕府の承認が必要になりました。だからお忍びなどは難しかったと思われます。

天皇には制約が多すぎます。物忌みの日であるとかがそうですし、何よりも平安時代になると「神聖化」されてきます。そのため土を踏むことも許されないなど、ありとあらゆるタブーに取り囲まれていました。従っ行幸というのは大変に困難を伴います。

 さらに「治天の君」ということで、実勢の政務には上皇や法皇が当たったのも天皇自身にあまりに制約が多すぎるためです。

http://www.mikumano.net/keyword/gokou.html

まとめ

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