大相撲&横綱ガイド!「付き人は横綱が引退したらどうなる?」「番狂わせで座布団が投げられる理由」

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はじめに

9月21日は相撲記録の日1982年のこの日、横綱・北の湖が通算勝ち星873勝で大鵬の記録を初めて更新。横綱、相撲に関するQAをまとめました。

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横綱の付き人は、横綱が引退した場合はどうなるのですか?

付き人っていっても、専門にされているのではなく
新入りのおすもうさんですから、他の力士に配置換え
されるだけじゃないんですか。

そうだと思いますよ。
彼らは別に横綱の付き人として雇われたわけではなく
自分も力士として相撲を取りつつ、関取のお世話をしているだけなんですから。
短期間ではあったでしょうが貴乃花だって誰かの付き人を経験していると思います。
強くなれば、出世してそれまでの関取を見返してやることだって可能です。

 そのほかにマネージャーもいると思いますが
横綱の専任マネージャーというより部屋付きのマネージャーで横綱担当という形だと思いますので
そのまま部屋に残って仕事をするだけだと思います。
ただ、仕事が減ってしまって居づらくなるなどでやめていくということはあるのではないでしょうか。

過去、横綱の人数が一番多いときは何人だったのでしょうか?

昭和36年頃、若乃花(初代=若・貴の伯父)、朝汐(大関朝潮の親方)、大鵬、柏戸の四人が横綱でした。
若乃花と朝汐が引退後、大鵬、柏戸、佐田の山、栃の海の四人横綱時代もありました。

東西共に
張り出しが、いたのは
近年では
・千代の富士、大乃国、北勝海、旭富士
・貴乃花、若乃花、曙、武蔵丸
を、おぼえています

まー現在の日本相撲協会に
プロ相撲が、統一される前は
あちこちの地方に横綱いたとは
思いますが?(^^;)

番付上に最も多くの横綱の出揃ったのは4人までで、2006年(平成18年)12月現在で15通りの例があるようです。

詳細は、
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%AA%E7%B6%B1#.E5.9B.9B.E6.A8.AA.E7.B6.B1
を参照して下さい。

横綱が負けると座布団を投げる理由はなんですか?

もともとは、紋付の羽織とか誰の持ち物かわかるものを投げ
「それを持って来たら(引き換えに)祝儀をあげよう」
という行為だったそうです。

1975年3月場所の千秋楽、優勝決定戦で大関貴ノ花(先代)が横綱北の湖に勝った初優勝した相撲が座布団投げ復活につながった大きな契機だったと思います。
当時随一の人気力士だった先代貴ノ花とどちらかというとふてぶてしい表情でヒールだった北の湖の対戦で場内の興奮は最高潮でした。それ以前にも座布団を投げること自体はあったのでしょうが、これほどになったのを見たのは私も初めてでした。#2の回答者のおっしゃるように大鵬や柏戸の時代にはあまりなかったと思います。
http://www.youtube.com/watch?v=fj5aOWx-GFY

淡い記憶ですが、昔の横綱だった大鵬や柏戸が負けたときには誰も投げることはありませんでした。
子供ながらにいつだったか、布団を誰かが投げたのをテレビで見ました。
これはよくないですねというアナウンサーか解説があったのを覚えています。
しかし、それからだんだん大勢が投げるようになり、なにやら名物みたいになったのだろうと思います。
何かの深い意味があって始まったことではないと私は思います。
ただの個人的な想像ですが、参考までに。

横綱、白鵬の給料はどのくらいでしょうか?

北の湖と千代の富士のどっちのほうがすきでしたか?

タイプが全然違いますけど。

リアルに見てました。

北の湖が強すぎた時期がありました。
北の湖連勝ばっかり。他の力士からは雲の上の人と言われてました。
見てる側がつまらなくなるくらい安心して見ていられました。
あんこ型で力士の中の力士って感じ。

ところがそこに千代の富士という小兵のくせに昇り竜みたいな勢いありすぎる筋肉質の鋼のような目つきのギラギラした力士が登場。かっこよすぎました。

という訳で千代の富士に軍配。
でも北の湖も好きでした。
あの頃は大相撲観戦を楽しみにランドセルしょって帰ったものです。
懐かしい。

関取衆(十両以上)の月給は、
横綱:約282万円
大関:約234万円
三役:約170万円
平幕:約130万円
十両:約100万円

こんなところでしょう。給与以外にも各場所ごとの手当や懸賞金、各段の優勝賞金や三賞など、同じ地位の力士でも大きくかわってくるので、給与だけがわかりやすくはっきりしています。1回優勝すると1000万ぐらいだそうで。あとは後援会などができれば、そこからも支度金?がでるそうで。早い話スポンサーみたいなもので、いずれにしろ強くなければカネははいってきません。
ちなみに、十両より下の幕下力士は給与はありません。前述の手当などのみとなります。まぁ、相撲部屋で寝食をしているので、幕下力士でも食べてはいけますけどね。幕下力士は付き人になって、関取衆からお小遣いをもらったり、夕飯などを食べさせてもらっているので、関取衆はもらうだけでなく、出費も相当嵩むのです。

北の湖と千代の富士のどっちのほうがすきでしたか?

こんばんは

ウルフ最強

千代の富士の時だけは

相撲見てました。
後は興味なし。

二択ですか?

父に相撲を見せられてました。

やはり家長の権限で、。。。。。

僕の父は、貴ノ花 利彰  そう初代の貴乃花のファンでした。

で、応援しないとご飯を食べさせてくれなかったです。

どうでも良いのに、頑張れ~~~!!って言ってました。

リアルに見てました。

北の湖が強すぎた時期がありました。
北の湖連勝ばっかり。他の力士からは雲の上の人と言われてました。
見てる側がつまらなくなるくらい安心して見ていられました。
あんこ型で力士の中の力士って感じ。

ところがそこに千代の富士という小兵のくせに昇り竜みたいな勢いありすぎる筋肉質の鋼のような目つきのギラギラした力士が登場。かっこよすぎました。

という訳で千代の富士に軍配。
でも北の湖も好きでした。
あの頃は大相撲観戦を楽しみにランドセルしょって帰ったものです。

二人のどちらかを選べと言われたら、北の湖の方でしょうね。

実はどちらもファンというわけではありません。
私は大関に昇進したころからの初代若乃花ファンでした。
引退して二子山部屋を創設してから、この部屋の力士を応援してきました。

北の湖と同時期に対抗していたのは、大関・若三杉の二代目若乃花と大関・初代貴乃花、
私はこの貴乃花の大ファンとして、いつもハラハラ、ドキドキしながらテレビを見ていたものです。
北の湖との力の差は歴然としていましたので、
本割で負けてからの優勝決定戦でも、どうせ勝てないだろうとあきらめていたのが、
まさかの勝利をつかんで初優勝した時は、思わず躍り上がりました。
当時の北の湖はふてぶてしい土俵態度で、体格を比べても勝つのが当たり前の感がありました。

その後千代の富士が上がってきて、北の湖と同時横綱で一時期重なっていたころに、千代の富士には滅法強かったのが隆の里でしたが、これらの力士たちはいずれも二子山部屋の所属でした。
千代の富士には八百長などの黒い噂が付きまとっていましたので、31回の優勝というのもあまり信用していません。

今私が応援しているのは稀勢の里で初代若乃花の孫弟子に当たります。
風貌や体型は、北の湖に似ているのですが、なかなか大化けしてくれないのでやきもきしています。

まとめ

その他の「横綱」QAはこちら

http://okwave.jp/searchkeyword/%E6%A8%AA%E7%B6%B1

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