ブータン建国記念日。~幸せの国の秘密~

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はじめに

12月17日はブータンの建国記念日。GNH(国民総幸福量)という独特な指標を作り「幸せの国」として知られています。2011年にはブータンの新国王夫妻が来日されたことも話題になりました。

ブータンの国民はかっこいい国王がいて幸せなのでしょうか?

容姿に関係なく、幸せだと思います。
幸せの尺度は相対的に考えたらダメだと思います。
日本とブータンを比べたら、日本人は日本の方が幸せと感じるでしょう。
でも、ブータンでもアマゾンの原住民でも普通に衣食住が足りていれば、何も日本のような生活をしなくても充分幸せということです。

下記の記事をご覧ください。
筆者はブータンの観光関係の公的機関で働いている日本人です。
ブータン人の知られていないいろいろな側面が書いてあります。
これを読むと、幸せともそうでないともどちらにも取れるのかなと思います。
(不幸せということはなさそうですが)
でも彼らはそれをあまり気にしていない感じですが、多分日本人にはかなりストレスを覚えるのではな以下という気がします。

ブータン的である、ということ
【最終回】ビジョン、リーダー、そしてコミュニティ
御手洗 瑞子  
http://business.nikkeibp.co.jp/article/world/20110823/222222/

先代のブータン国王が提唱した国民総幸福量(GNH)の考え方は今や世界的に知られています。

「金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたものである」(ウィキペディア引用)

旅行カテ的に言えば、私はヒマラヤの小国のブータンには行ったことがありませんが、近い将来に行きたいと思っている国の一つです。行った人に聞くとチベット仏教の雰囲気がそこらじゅうにあってとても良い経験になったそうです。

その国民が幸福であるかどうかの判断は本当ところは難しいでしょうが、貧しくとも幸福度が高いことを目指し、それを誇りとしている国民や国王の精神性は高いと思います。ブータン国王と美智子皇后陛下の両手のあったかい握手は印象的でしたね。

ブータンは、昔は鎖国政策をしていた国ですし、今でも個人旅行は解禁していないと思います。行くとしたらツアーでネパールから行くといいと聞いたことがありますが、ヒマラヤの景色ばかりじゃなくて人々の暮らしを見てみたいものです。

質問者さんの質問に対してイエス・ノーで答えるとしたら、私はイエスと思います。

ブータンはなぜ親日的なんですか?

1,西岡京治さんという農業技術者が活躍して
 ブータンの農業開発に大きな貢献をした。

2,君主国ということで、日本の皇室と親密。

3,反中国の国で、その裏返しとして親日に。


そもそもですが、反日国家というのは世界の中でも
二カ国だけですよ。
濃淡はありますが、他の国は殆ど親日です。

ブータンは、国民総幸福量(GNH)という概概念
で立国をめざしていますが、
それでも日本の経済援助を期待しての
親日という面もあると思います。

ブータンに対する日本の経済援助は1964年からですが、その中で特筆すべきは西岡京治氏の活躍です。
農業指導者として赴任した氏は、ブータンで亡くなるまでの28年間、ブータンの土壌や環境に合った野菜やお米の栽培、農機具の指導などを行い、ブータンの農業に多大な貢献をし、ブータンの食糧事情を劇的に変えました。
そして「ダショー」(ブータン語で「最高に優れた人」という意味で、県知事や最高裁の判事クラスしかもらえない称号)という称号を得るまでになりました。
そして亡くなった時は国葬でした。
農業指導の最初の頃は馬鹿にされケンモホロロだったようですが、住民に対して事細かく対話指導して技術の伝承を行ってきたという、このような日本人の偉業があったことは、ブータンが親日的になる要因のひとつではないかと思います。

日本でブータンに似た地域はどこですか。秘境で幸福度が高い場所です

単なる推測ですが、
県別ランキング2位の富山で、北アルプス山中のどこか?
いや、世界遺産の五箇山なんて、どうなんかな?

長野県の栄村・秋山郷。

長野県は、ブータンのように高い山々に囲まれていて、農村はブータンに似ていると思います。

徳島県の上勝町


葉っぱビジネスで老人が元気です。
http://www.afpbb.com/article/life-culture/life/2232538/1640674

近代化が進むブータンは幸福度を計る物差しは変わり、GHNという思想も変わってしまうのでしょうか。報じられている幸福は過渡期なのでしょうか?

だと思います。

アフリカなどは、賢明に働かなくても食えるような
環境がありますから、皆それなりに、誇りとゆとり
を持って生活していたのです。

事実、かつての住民は、皆口を揃えて、満ち足りている
と答えていました。
そこへ欧米の近代化の波が押し寄せてきました。

そうしたら、彼らは口を揃えて、苦しい、援助を
と言い出したのです。

日本もしかりです。
現代に較べれば貧しかったかもしれませんが、皆
それなりに平和にやってきたのに、やはり欧米近代化の
波に洗われ、金儲け第一主義に堕ちてしまいました。

ブータンとて例外ではないでしょう。
人間、欲望には勝てないのです。

1つ大事な事は、GNHとは「幸福と感じている状態」ではなく、
政府の施策において、経済指標や物質的指標によって評価
するのではなく、「精神的充足感の増進を指標とする」事です。
ヒマラヤ山中のブータンが鎖国を解き、本格的に国際交流を
始めた1980年代には、既に西欧諸国を中心として追求されて
きた“経済指標に基づく施策による物質的豊かさ”は破綻して
おり、それを横目に見ていた先代国王が提唱したものです。
「情報化する事で崩れる」どころか、情報化によってもたらさ
れたのです。

ちなみに、インターネットは電話回線の敷設が困難ゆえ、ここ
10年の普及ですが、TVは僕が協力隊で行ってた20年前でも、
アンテナを立てて衛星放送を受信していました(中曽根首相
が国会で居眠りしているのを笑われて恥をかいたものです)。
この点、国家が情報コントロールし、国民を抑圧していた東側
とは異なります。

ブータンのGNHの秘密は、国民の9割以上が農民で、衣服
も自分で織り、住宅は村人がみんなで建てる、という衣食住
が自給自足されている事と、工業化しようにも中国とインドと
いう広大な保護貿易的な国に挟まれて、不可能な事によります。

日本にいるブータンの方(できれば寺院関係者)と知り合いになりたいのですが、どうしたらいいでしょうか

恐らく日本に住んでいるブータン人自体の絶対量が極端に少ないと思われます。そういった方を見つけ出しコンタクトを取るには正攻法しかないと思います。

東京にある「在東京ブータン王国名誉領事館」へ連絡し、紹介してもらってはいかがでしょうか?もちろん理由も告げずに「ただ紹介してください」では無理でしょうが、真面目な理由があるのならば熱意をもってお願いすれば通じるものです。

がんばってください。

ブータン王国名誉総領事館

http://bhutan-consulate.org/maps/index.html

同じチベット仏教国なのに、チベットは中国に侵略され、ブータンは無事だったのはなぜでしょうか。またブータンはチベットの亡命政府についてはどう思っているのでしょうか?

チベット仏教と一口に言っても、日本で言うところの「浄土宗」や「真言宗」などのような「宗派」がたくさんあります。
チベットのチベット仏教とブータンのチベット仏教は、違う宗派によるものです。
一見冷たいようですが、チベットが中国に侵略された危機の時にブータンが積極的に助けなかったのもこの辺が理由だと言われています。今でもブータン政府はチベットに関してあまり関心が無いみたいです。

また、チベットが青海省や四川省に近く、西へ行けばインドやパキスタンへ通じる戦略上の要所であるのに対し、ブータンは峻険な山に囲まれた単独の集落みたいなものなので、中国にとってメリットが少なく、お陰で独立を保っていられたのではないでしょうか。

単純な理由です。
インドが独立するまでは英領インド帝国の保護領で、当時の清帝国の国力では
指一本触れる事は出来ません。
また、インド独立直後もブータンはインドの保護国的扱いで、外交面はインドの助言を受けるという
形をとっていました(昨年のインド=ブータン条約の改正で変更になりました)。
なので、中国がブータンに手出しする事は、インドとの戦争を辞さない覚悟が必要です。
そこまでして、中国が攻め込むメリットはありません。

ちなみに、ブータン国内にも亡命チベット人が居ますし、シンパシーも感じているでしょうが
国是としてブータン独自の文化を守る事が第一義なので、それを相容れない者には
容赦ない措置を取っている国です。
ネパール系のブータン人は迫害され難民となっていて、国際問題にもなっているほどです。

まとめ

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