文豪・夏目漱石を知る。「業績と功績」「作品を読む順番」「『こころ』を読んで思ったこと」

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はじめに

12月9日は「坊ちゃん」「吾輩は猫である」などの小説で有名な文豪・夏目漱石の命日。

漱石の業績や功績はどんなものでしょうか?

抽象的になりますが
「小説家の社会的地位を向上させた」
という業績は如何でしょう。
漱石以前の物書きといえば、些か胡散臭い職業でしたが漱石のようなインテリが小説を書いたことにより、作家のイメージが上がりました。

文学者について「業績」や「功績」という言いかたが正しいのかどうかわかりませんが、簡潔に言えば漱石の業績は大きく二つに分けられると思います。
 第一に、日本文学の歴史にとびきり面白い新作の小説をいくつも提供してくれたこと。これは細かく言うと五つほどの重要な意味を持っていたと思います。
 まず、(1)それまで文語文で書かれることが多かった小説に口語文を本格的に用い始め、それを完成させたこと。漱石は決して口語文を最初に使った作家ではありませんでしたが、彼が近代日本語の成立にあたって決定的な影響を与えたことはほとんど疑う余地はありません。
 次に(2)日本に本格的な西欧風の長篇小説を根付かせたこと。西欧風の長篇小説はなにかということになるとむつかしくなりますが、漱石先生自身が大好きだった18世紀ごろのイギリス小説のような、波乱万丈のおもしろさと登場人物のしっかりした造形、なにより作品の堅牢な構造といった面で漱石のもたらしたものは大きい。彼の志向した小説のかたちはかならずしも大正以降の日本の文壇に根付いたとはいえませんが、しかし日本文学に大きな富を与えたことは事実です。
 また(3)後期の『心』や『道草』のような作品で日本的な私小説の成立に影響を与えたことも見逃せません。漱石自身は私小説作家ではありませんが、こうした作品の細密な心理描写と極度の倫理観が後進の若い作家に有形無形の影響を与えたことは否定できないと思います。以前の私小説作家は鴎外は好かないかわりに漱石を持ちあげる人がひじょうに多かった。
 しかしそれだけでなく(4)小説がむやみにおもしろくて、みんなから愛された、ということも重要です。彼の小説を連載した朝日新聞はそれだけで部数が伸びたといいますから今では考えられないようなことですが、漱石は文学的な質と小説のおもしろさ、たのしさを両立させた優れた作家でした。彼の作品は描写のひとつひとつにいたるまで面白い。丁寧に描かれていてわかりやすいし、作中の登場人物たちがみんななぞめいていて興味をそそる。読書の楽しみを堪能させてくれます。そのことが今も昔も、漱石を国民的な作家にしているゆえんでしょう。
 そして(5)日本語が読めるんなら漱石くらいは読んでいるよね、という、文明の共有財産として彼の作品がはたした役割はひじょうに大きい。たとえば「あいつは坊ちゃんみたいなやつだ」というふうに、ひとつの人間の型を社会のなかに提供するというのは、ドンキホーテやハムレットでもおなじですが、それが文学という狭い枠を超えて人々に愛されている証拠です。われわれは彼の作品をとおして日本語を使うものとしての一体感を感じている部分があります。
 そして第二に、彼の人生は日本人に新しい知識人の生き方を教えてくれました。漢文もできて、英語も読める、時代のエリート中のエリート(司馬遼太郎は、明治の社会で出世するためのすべてのカードを持っていた、といっています)が、自分をとりまく知的問題に深刻になやんで、だれもがうらやむ立場(東大講師)を捨てて作家になった。まず、ものごとを知的に考え、しかもそれをなおざりにせず、みずからの倫理観と結びつけてつきつめるという態度、さらには権威や権力に盲従するのではなく、官の立場でなくともやれることはたくさんある、と見極めたこと、世間の価値観に遠慮することなく自分の正しいと思ったこと、やりたいと思ったことに人生を捧げる本当の意味での個人主義、そうした漱石の生き方は、決して安楽なものではなかった当時の知識人、あるいはふつうの人々の人生を勇気づけ、新たな生き方を示してくれる指標だったのではないでしょうか。たとえばイチローがそうであったように、漱石はたしかにある人々にとってそういう意味での希望を与えてくれる存在であったのではないかと思います。だからこそあれほど弟子たちに慕われたのではないでしょうか。

夏目漱石の作品を読む場合、おすすめの順番はありますか?

別に決まりはないし気の向くままで良いと思いますが。
漱石全集ではこういう順序になってます。
http://www.iwanami.co.jp/.BOOKS/09/X/091801+.html
〈 全巻の構成 〉
◆ 1 吾輩は猫である (注解:竹盛天雄・安藤文人)
◆ 2 倫敦塔ほか 坊っちやん (注解:松村昌家・相原和邦)
◆ 3 草枕 二百十日 野分 (注解:今西順吉・出原隆俊)
◆ 4 虞美人草 (注解:平岡敏夫)
◆ 5 坑夫 三四郎 (注解:紅野謙介・吉田〓生)
◆ 6 それから 門 (注解:中山和子・玉井敬之)
◆ 7 彼岸過迄 (注解:中島国彦)
◆ 8 行人 (注解:藤井淑禎) (夏目 漱石)
◆ 9 心 (注解:重松泰雄)
◆ 10 道草 (注解:石原千秋)
◆ 11 明暗 (注解:十川信介)
◆ 12 小品 (注解:清水孝純・桶谷秀昭)


◆ 13 英文学研究 (注解:山内久明)
◆ 14 文学論 (注解:亀井俊介・出淵博) (夏目 漱石)
◆ 15 文学評論 (注解:岡照雄)
◆ 16 評論ほか (注解:小森陽一) (夏目 漱石)
◆ 17 俳句 詩歌 (注解:坪内稔典) (夏目 漱石)
◆ 18 漢詩文 (訳注:一海知義) (夏目 漱石)
◆ 19 日記・断片 上 (夏目 漱石)
◆ 20 日記・断片 下 (夏目 漱石)
◆ 21 ノート (注解:岡三郎) (夏目 漱石)
◆ 22 書簡 上 (夏目 漱石)
◆ 23 書簡 中 (夏目 漱石)
◆ 24 書簡 下 (夏目 漱石)
◆ 25 別冊 上 (夏目 漱石)
◆ 26 別冊 中 (夏目 漱石)
◆ 27 別冊 別冊下 (夏目 漱石)
◆ 28 総索引
◆ 別 漱石言行録 (猪野謙二編)

学校では中学で「坊ちゃん」高校で「心」をやる所が多いのではないでしょうか。
まず全集の1、2を読んであとは好きなやつでいいのでは。図書館や古書店にあると思います。全集は旧かな旧字体(繁体)ですが細かく註が付いています。旧かながまだ早ければ文庫版などで。

漱石の「こころ」を読んで、どう思いましたか? 私には少し難しかったです・・・

こんにちは、「こころ」私も学生時代読みました(課題図書でした^^;)
もううろ覚えですが。
私も良く分からなかったですね、感想といえば、全体的に暗い、お嬢さんは罪な人だなぁとか。
主人公はあんなに悩むんだったら、Kと存分にぶつかり合って、話し合えばよかったのに、と思いました。

印象に残っている文章は「鉛のご飯」でしょうか、味のしないご飯のことですが、なるほど上手い! と思いました

私は、夏目漱石の作品の中では、「こころ」が一番好きです。中でも印象的なのは、やはり先生の遺書です。
「あなたはまじめに人生そのものから生きた教訓を得たいと言ったから」、自分だけの所有である過去を主人公に与える気になった、、、というくだりには胸を打たれました。
先生と私、先生の奥さん、私の家族、あらゆる人間の心の複雑さをとてもあざやかに描写していると思います。
心には形が無いばかりか、完全に主観的なものです。
本人以外には計り知れません。
こころというものの可能性を考えさせられます。

漱石はクラシックで言えばモーツアルトのような存在で、著書の内容も
それなりに厚みが・奥行きがあります。
難しいとの感想ですが、読まれたこと自体が素晴らしいと思います。
「三四郎」「それから」「門」は読まれてしまいましたか?内容の充実度は
「こころ」に勝るとも劣りませんし、読み易いと思います。
漱石に限りませんが、漱石の著書は若い頃・中年・老年期で読んでの味わいは変わりますから、手元に置いて再読してみてください。

夏目漱石の「門」で題名となっている門はどこのお寺でしょうか?

「門」という作品の中では、主人公の宗助が座禅修行した寺の名前は具体的には出てこないはずです。

ただし、モデルになっている寺が円覚寺であることはまちがいありません。


明治27年に漱石自身が円覚寺で参禅しています。

「門」はそのときの体験をもとにして、その16年後に書かれたものです。

夏目漱石の千円札は今でも使えるのですか?

使えますよ~。
S25年発行の聖徳太子の千円札でも使えるはずですから。

基本的に使えますよ。
伊藤博文の千円札でも500円札でも100円札でも今でも使えます。
ちなみに寛永通宝(銭形平次が投げるお金)は使えません(笑)

当分使えます。

通過改訂など特別な事情で使えなくする法律や条令が通れば使えなくなりますが、現在使用可能なお札で一番古いものは、明治時代のものでも使えると貨幣博物館に掲示されていました。

夏目漱石の神経衰弱という病は現代のうつ病のようなものだったのでしょうか

当時の「神経衰弱症」は、現在のように細かく区分され、
きちんと診断基準のある精神病とは違って、けっこうアバウトで曖昧だと思います。
鬱病も心身症もノイローゼも自律神経失調症も、
「神経が参ってるな」と取れる症状がでている場合、
だいたい神経衰弱にされた感じがします。

ただ、夏目漱石の「神経衰弱」の診断書は、熊本の第五高等学校を退職するさい、
漱石自身が医師に依頼してそのように書いてもらったものです。
当時は、公務員が辞職するときは病気を表向きの理由にするのが作法だったそうで、
退職に診断書が必要だったのです。

漱石の場合、現代の診断基準によって診察するのは不可能なので、
本当に鬱病だったかどうかはわかりませんが、症状からいって鬱病(+心身症)であっただろうと言われますね。

まとめ

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