「ガンダム、大地に立った日」! 「名言・迷言」「アムロとシャアの主張」「最近のガンダムは劣化?」

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はじめに

9月18日はアムロ・レイ、初操縦の日!

西暦2125年9月18日、スペースコロニー・サイド7(セブン)をジオン軍のザク(人型戦闘兵器)が襲撃。その場に居合わせた15歳の少年、アムロ・レイがガンダムに乗り込んで戦い、ザクを撃破しました。そこから長く続くガンダムという物語が始まります。

「アムロの名言」「ハロを作ったのは誰?」「アムロとシャアの主張」「最近のガンダムは劣化している?」など、ファーストガンダムとアムロに注目したQAをまとめました。

アムロ・レイの名前は「アムロ」? それとも「レイ」?

「アムロ」が名前です。
両親の名前が「テム・レイ」「カマリア・レイ」なので。

ガンダムにおいては『名前・苗字』の並びで理解してほぼ大丈夫だと思います。

【アムロ】は名前で、【レイ】が苗字ですよ。

ガンダムにおいては、ほとんどが、「名前・苗字」であると理解してもいいと思います。

アメリカや、イギリスなど、英語圏式のような形だと思っていただければわかりやすいと思います。

【シン・アスカ】や【キラ・ヤマト】等、ガンダムに出てくる人の名前は、ほとんどが英語圏式の形だと認識して良いと思います。

ガンダムについてはよく知らないのですが、アムロの「殴ったね。親父にもぶたれたことないのに」は名言(迷言?)なのでしょうか?

ガンダムはアムロ少年の心の成長も描いていますよね。
この台詞の後にブライトが
親に殴られた事も無い奴はろくな大人になれないんだ、
みたいなことを言うと思いましたが、
厳しい現実社会にさらされた、甘ったれ少年アムロの
心情を象徴した台詞だからじゃ無いでしょうか。

ファーストガンダム・ファンです。
主観的に言ってみると、当時、アニメにしろ何にしろ、主人公が性格的に軟弱なものなんて無かったんですよ。

なのにアムロってば、これでもかっていうくらい自己中の甘ったれ。
はじめなんてガンダムを操作するなんて、やる気なんてまるでゼロだし、仕方なくやっていくうちにみんなが頼ってくれるのが嬉しくなったのかと思ったら、それが単なる自意識過剰に上乗せになる始末。
これは相当甘やかされて育った坊ちゃんだと、数回の放映で分かってきました。

そこへもってきてあの迷言。
私なんて「とうとう言ってしまったか~。普通女の子が言うのに…」と思ったくらいです。

そう、あまりにもアムロの性格にピッタリくるセリフだっただけに、迷言が名言となり今に伝わっていったんではないでしょうか。

ガンダムに出てくるハロは誰が作ったのですか?

ハロの歴史をまとめてみました。

・ガンダムシリーズ初めてのハロは、「機動戦士ガンダム」で、アムロ・レイが製作。

・一年戦争後、マスコットロボットとしての人気が出て、玩具メーカーによる商品化がされ、市場に出回った。

・「機動戦士Ζガンダム」で、市販品として売られていたものを、カミーユ・ビダンが月面で拾い修理した。

・カミーユが修理した後、「機動戦士ガンダムΖΖ」まで、主にシンタとクムの玩具となっていた。

・「逆襲のシャア」では、アムロがハサウェイ・ノアに与えた。(アムロ製作3代目)
 →アムロがハサウェイにあげた時に、「3代目だけど大事にしてね。」というようなセリフを言っていた。

・「機動戦士Vガンダム」では、もともとはハンゲルグ・エヴィンが拾ってきて、高性能に改造した物をウッソ・エヴィンが持っていた。

・「機動戦士ガンダムSEED」では、アスラン・ザラが製作して、ラクス・クラインに何度かプレゼントした。

つまり、最初の製作者はアムロ・レイ。
その後登場したものは、すべて市販品に手を加えたもののようです。

アニメにおいては設計から製作までアムロが行っています。
ただ脳波測定装置などのオーバーテクノロジーが搭載されている事から考えると、技術仕官の息子に過ぎないアムロが製作したというのは不自然ではあります。

私もリアルタイムで見てましたが、アウトかアニメックか・・・その辺りでテム・レイ制作の話が載ってたような記憶がありますね。

安彦氏の書き下ろしの絵で、カマラとテムと幼少のアムロの家族写真にハロが一緒に映っていた気もするから、考えようによっては、初代はテムがアムロへのおもちゃとして制作、その後機械オタクになった息子が、お隣の女の子へのプレゼントに改良版を制作。それが一年戦争時のハロ・・・って感じじゃないでしょうか?

ファーストガンダムの後半でアムロとシャアは何やら言い合っていましたが、どういう主張をぶつけ合っていたのですか?

アムロとシャア、それぞれの考えはシャアが地球の人々が(特に連邦のお偉いさん)地球のことを考えず汚染したりしてダメにする、そうじゃなくても人口が増えて地球が持たなくなっているから地球の人口を減らして地球の汚染を少しでも食い止める主張して、アムロは人類はそこまで愚か(地球を汚染してダメに)では無い!ニュータイプ見たいに(話し合わなくても)分かり合えるんじゃ無いか?地球の人々がニュータイプ(=進化)するんじゃ無いか?と主張している。と言うのが私の考えです・・・多分、そうだと思います。

二人の考えは、同じです。
シャアは、その答え(強引な方法で)を早く知りたかった。
アムロは、その答え(自然に)をゆっくりと知りたかった。
なを二人の考えは、機動戦士Zガンダムと逆襲のシァアを
合わせて、ご覧に成る事をお勧めします。
どちらも劇場版の方で、物語をじっくりと見ていれば自然に
…あッなるほど…と分かる様に成ってます。

映画「逆襲のシャア」のアクシズショックの後、アムロは生きているんですか?

小説を読むと「閃光の中に消えた…」とありますので、死んだという解釈が妥当かと。

 ユニコーンでも「行方不明」という扱いになってますが、あれから大分時間がたってるのにシャアとアムロが揃って、消息がつかめないワケですから、やはり2人とも「死んだ」のではないかと。

初期作品の流れから言うと、ゼータがほぼ最終となるので、それを考えると、肉体は滅んでもその精神は、人々の心の中に生き続ける。

ですから、ユニコーンでは、ララの声が聞こえたり、確かアムロの声も、そして、シャアの声も聞こえてきたはずです。
でも、それは、人々の心の中に残るある種の思念、みたいな物ですから、肉体は絶対に出てきません。
しかも、その設定は、ユニコーンも同様ですが、肉体が滅びないと、つまり、死ななくてはなれない精神的な思念なので、そこから考えるに、回答者1の方が言われる通り、二人の肉体はあのアクシズの時に滅んでいる。

つまり、死んでいると考えるのが普通だと思います。

ただ、最近のアニメの傾向として、この作品の傾向として、実は生きていた。
なんて言う設定も唐突にあるかもしれません。

まあ、アニメの世界ですから、何が起こっても不思議ではないのですが、現段階であやふやと言うのが、言われる通り引っ掛かりますね。

ファーストガンダムは名作だと思いますが、最近のガンダムはレベルが落ちてきているように思えます。昔のは声優も個性があるし、絵もしっかりしていますよね

実は私もそう思ってるんですよね。確かに最近のものは絵はきれいなんですけど、対象年齢がどんどん下がっているように思えますし、そのわりに小学生くらいには難解なストーリーだと思います。

つまり、よりマニアックになってるって事かなぁ?

ファーストガンダム、という言葉にはいささか抵抗があるのですが、やはり良いものは年代を越えて語り継がれる要素があるからだと思います。
そういった意味でよく出来てます。出てくるキャラクターああも感情移入できるのはなんでなんでしょう、やっぱ絵柄かなあ。緊張感が伝わってくるし、あの時代になかった戦闘のリアリティというのも見過ごせないですね。
盾持って戦うロボット? というのはあれが始めてじゃないでしょうか。兵器が空が飛べるという設定があたりまえの時代に、あえてジャンプしかできない主人公兵器とか。
でたらめに強いロボット、ってんじゃなくて、いろんな意味でパイオニア的で視聴者の既成概念を裏切り続けたストーリー&設定だったのが大いに受けた要素ではないかと思います。
今やってるSEEDは私にはあわないというか受け付けません・・・ま、これも人それぞれ好みですけどね。

まあ、個人の好みがありますからねえ。

> 初代ガンダムを見ると、声優人は個性があるし、絵はしっかりしてるし、すべてにおいてしっかりしていると。

とはいうものの、声優陣でも戸田恵子は素人丸出しだし、塩沢兼人も青臭いし、池田秀一も(雰囲気はあるものの)
声優っぽくないですよねえ。
「絵」も、安彦良和監修(or 作画監督)の回とそうじゃない回は、まる分かりだし、
氏が過労で倒れたあとは見るも無残な絵ですし。

# First ガンダムのみを言ってます

作成陣も最初と変わっており、ガンダムブランドを担いでいるだけですから、初期と SEED を
比べても違うのは仕方ないですね。

「違う」≠「レベルダウン」でしょう。

# 因みに、私は年をくっているのもあって、First ガンダムが好きですが :-)

おっしゃる通り、といいたいのですが、何分ファースト「ガンダム」が製作されたのは、二十年以上前のことですし、全面的に後々の「ガンダム」より優れているとは決して思いません。
作画は結構粗いですし、メカデザインも詰めが甘い、キャスティングもどこか違和感あるし、いきさつも御都合主義にも見えます。かといって今になってマジで、それを問うつもりはありませんが。

ファースト「ガンダム」はトータル面で世代を越える名作であることは確かなのは認めます。
新作版の歴代ガンダムというより、アニメに限ったことでは無いのですが、最近の映像作品どこか情感が無い。同情をそそるキャラクターなら確かに多いのですが。

本当のところ、ガンダムを超える新作が出てほしいのですが、アニメ作品も、ファンのあり方も細分化されている現在では困難でしょう。

まとめ

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