ウイグルを知ろう【新疆ウイグル自治区】ガイド

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はじめに

新疆ウイグル自治区 شىنجاڭ ئۇيغۇر ئاپتونوم رايونى

中国大陸には約半数がウイグル族という民族による自治区があります。

そのウイグルについてのQAをまとめた、マニアックガイドです。

ウイグルの人々

「ウイグル人」というのは、ウイグル族のことですか?新疆ウイグル自治区の出身者若しくは居住者のことですか?

「ウイグル人」というのは、ウイグル族のことですか?それとも、民族や人種に拘らず新疆ウイグル自治区出身者若しくは居住者のことですか?
どなたか御存知の方は教えて下さい。宜しく御願いします。

一般に「ウイグル人」と言えばウイグル族を示しますが
広義ではウイグル自治区に住むその他の少数民族
(カザフ族やキルギス族、回族など)も含み、漢族は含みません。


広東や湖南などの漢族は広東人、湖南人などとよく呼ぶのと同じに
新疆ウイグル自治区に住む漢族を新疆人とは呼びますが
ウイグル人と呼ばれることを彼らはひどく嫌います。

漢族(中国人)をふくめた言い方では「ウイグル人」とは言いません。「ウイグル人」といえば、テュルク系(トルコ語系)の日本語と同じSOV並びの言葉を話し、多くは回教徒である人々、つまり一般的にウイグル族に属する人々またはその混血や同系の人々(カザフ系やキルギス系)で、ウイグルの文化にのっとって生きている人々を指すと思います。実際彼らは、中国語の普通話をいまだに話せない人が多いです。中国に吸収される前から、東トルキスタン(テュルクの東)として独自の文化または国としての意識が根強くのこっており、亡命政府や独立関連運動があるため、一般的には中国の一部としての言い方では言わず、テュルク系の人々とわかる「ウイグル人」「ウイグル族」として漢族から分けられていいます。中国政府は東トルキスタンの旗をかかげることを禁止しています。

ちなみに同じテュルク系の人々の国である(新疆ウイグルの西側)、カザフスタン、キルギス、ウズベキスタン、トルクメニスタンは、以前ソビエトの配下にありました。
ソビエト崩壊で、90年代にこれらの国々は独立をはたしました。

しかし東トルキスタンとも呼ばれる現在中国の新疆ウイグル自治区は、18世紀に清朝から新しい土地を意味する「新疆」の名がつけられ、戦後は中国共産党勝利による中華人民共和国成立後侵略され、1950年代にすでに新疆ウイグル自治区とされてしまい、清朝と中国に組み込まれたままです。
このため90年代あたまのソビエト崩壊の影響を大きく受けることなく、現在まで中国の一部となっています。

ウイグル人は民族の名称です。ひとまず、概念を整理しましょう。

・新疆:中国(満州族の清朝を含む)がつけた行政区画。清と中華民国時代は新疆省、中華人民共和国では、新疆ウイグル自治区になりました。

・ウィグル族(人):民族の名称です。トルコ系で、新疆ウイグル自治区の半分弱の人口を占めますが、旧ソ連に属したCIS各国やモンゴルにも居住しています。

なお、新疆の漢族は、他地域からの移民やその子孫です。特に共産党政権、つまり中華人共和国は、新疆生産建設兵団という人民解放軍から枝分かれした屯田兵を送り出し、漢民族人口を増やす政策を行ってきました。こういう人たちは、基本的にウィグル人と対立する存在だと考えて良いでしょう。

中国にとってはどのような位置づけなのか

新疆ウイグル自治区という地域は

新疆ウイグル自治区という地域は中国(共産党)にとってはどのような位置づけなのでしょうか?
差別などの問題はないのでしょうか?

>新疆ウイグル自治区という地域は中国(共産党)にとってはどのような位置づけなのでしょうか?

武力で奪った、植民地。
中国が侵略する前は、東トルキスタン共和国という独立国でした。
チベット自治区も同様ですね。
どちらも、中国が侵略する前は独立国としてパスポートの発行・複数の大使館が存在しています。
まぁ、原則論でいうと「自治区は、中国建国宣言後に毛沢東共産軍によって奪われた土地」を意味します。
琉球自治区も、(鳩に命じて)着々と進めています。
※省は、清国時代からの領土を継承。

>差別などの問題はないのでしょうか?

当然、支配者である漢民族に対して差別を受けています。
核実験も、ここで行っていますしね。
イスラム教文化・トルキスタン語も、自由に行う・話す事が出来ません。
一種の、漢民族化を共産党政府としては狙っているのでしよう。

元東トルキスタンという国で、チベットと同じで蒙古系の民族の土地です

2002年、ODAの仕事で三週間滞在しました。 案件はウルムチにある総合病院に無償で日本製の医療器材を贈るためのコンサルタントとしての調査業務です。 何故、日本のODAの無償資金が新疆ウィグル地区に供与されるのか。 ここら辺りが中国政府の飴と鞭なのです。 当時、世界で二番目に大きいタクラマカン砂漠で石油が出始めた時でした。 広大な砂漠ですが、海底が隆起した地形ですので石油資源の宝庫と考えられています。 ここには中央アジア系のイスラム教を信仰する民族が多数居住しています。 中国政府は奨励して漢民族を移住させています。 中国の中でも開発は最も遅れている地域のひとつです。 この省の最も西に位置するカシュガルはシルクロード要衝の地です。 現在は民族紛争激戦の地区で日本の外務省は渡航禁止にしています。 私たちは調査業務の都合上、ここの空港から省都ウルムチまで帰る都合があり、町に入りました。 しかし、途中どこへも寄らず空港へ直行しました。 

ご質問の共産党政権にとっての位置づけです。豊富な天然資源を持っている省です。 中央から漢民族を移住させ、彼らに工業開発をさせています。 広大な砂漠の周りを7000メートルを越える山脈が取り囲む地形であり、観光資源としての可能性も秘めています。 元々は中央アジア系の遊牧民族が中心ですので、農業は進んでいません。 そこは漢民族が担うこととなり、先ず砂漠の緑化から初めています。 ここにも日本のODAが使われ、日本の砂漠緑化技術が幅広く導入されています。 牧畜と農業が中心で工業は殆どありません。 しかし、石油資源の開発が進むと、ここが石油コンビナートの一大拠点となるのです。 共産党政府が必死になって東トルキスタン独立国家樹立を目指す民族運動を抑え込もうとしている理由がここにあるのです。日本の約7倍の広大な土地に、人口約2000万人。 国土の85%は砂漠に覆われ、工業もなく、開発途上の省です。  豊富な石油資源を巡って少数民族と中央政府が主導権争いを繰り広げているのです。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E7%96%86%E3%82%A6%E3%82%A4%E3%82%B0%E3%83%AB%E8%87%AA%E6%B2%BB%E5%8C%BA

この新疆ウィグル自治区には中央アジア系の民族が多数住んでいます。 ソ連時代にスターリンの迫害から逃れて移り住んだ遊牧民たちです。 カザフ、ウズベク、タジク、トルクなど17の民族になります。 中国はとても複雑な多民族国家ですが、良いところは漢族が支配出来るようになっています。 例えば入学試験や資格試験は中国語で行われます。 それは全国共通です。 少数民族は大きなハンディを負わされることになります。

後から入ってきた漢民族が、ウイグルの人をリンチして殺した動画が流れたのって、去年だか2年前だかだったと思いますが、知りませんか?

チベットもそうですが、爆発的に増える漢民族の人をこれらの辺境の地に流出させていて、今では漢民族の人のほうが多くなっています。民族間の摩擦は増えており、役所も警察も漢民族でまともに機能せず、漢民族が横暴を働いている状況のようです。

中国の中央政府は、10億の漢民族を養うために、周辺の国々の資源を奪い漢民族を移住させるという、現代版植民地政策をやっているようなものです。尖閣諸島も、地下資源と東南アジアの海域や国(土地)を奪う政策の一環と見ることが出来ます。(しかし日本は他の国と協調する気はない・・外交・・)

数年前に、九州が中国に奪われるという小説が話題になりましたが(私は読んでない)、中国の今の政策から見て、決して絵空事ではないわけです。

米国も、2030年ころには世界一位の経済大国となる中国をメインに考えておるふしがあり、米国にしっぽを振っておけば何とかなるという阿部内閣の外交は、時代遅れの失策になる可能性が高いと私は思っております。

パレスチナと、チベット・ウイグルの違い

パレスチナとチベット・ウイグルの違い

イスラエルにあるパレスチナ自治区と、中国にあるチベット自治区・ウイグル自治区の違いは何ですか?
思いつくものとして、パレスチナではユダヤ人同化政策が行われていない
(そもそもユダヤ人には選民思想があり、親がユダヤ人でない人がユダヤ教徒にはなれない)
チベット・ウイグルでは漢族同化政策やそれに近いものが行われている
(中国語の押し付けと民族語を学ぶ機会の削減など)
こんな感じでしょうか?

パレスチナは国家と同等の機能を有していますが、チベット・ウィグル自治区は単なる自治区です。
したがって、台湾と北海道位の違いがあります。

国のトップから何から、パレスチナ自治区はごくわずかな技術者等を除けば現地の人間が行っていますが、チベット・ウィグル自治区は上層部は全て中央から送り込まれた人物です。
また、パレスチナ自治区はイスラエル政府の意向と対立することがありますが、チベット・ウィグル自治区では絶対服従です。

その他、さまざまな面で違いがありすぎ、同じであるのは「自治区」という名前くらいでしょう。


> (そもそもユダヤ人には選民思想があり、親がユダヤ人でない人がユダヤ教徒にはなれない)

イスラエル国籍とユダヤ人を混同しているようですが、ユダヤ教徒でなくともイスラエル国籍の取得は可能です。ユダヤ教徒以外には、キリスト教徒やイスラム教徒が多いそうです。

ユダヤ人について間違って認識されている方が多いのですが
世界の金融を牛耳っていると言われている白人の顔をしたユダヤ人は
キリストを迫害した聖書の世界のユダヤ人ではないですよ。
聖書の世界の古代のユダヤ人はアラブ人の顔をしていて
多くはアラブ諸国で日雇い労働などをしながら貧しい生活をしています。
白人のユダヤ人は中央アジアに住んでいて
キリスト教とイスラム教の宗教の争いから逃れるために
自らユダヤ教徒となった人たちです。
その後、東ヨーロッパに追われ、ナチスに迫害され
イスラエルに国を作ったんです。
ユダヤ人という民族はいないのです。
ユダヤ教を信じる人はすべてユダヤ人なのです。

相違点で思いつくのは
パレスチナは解放運動で武力も使っているがチベットはインドにある亡命政府のトップでもあり、世界中で尊敬を受けているダライ・ラマが武力を使わない様に呼びかけているので武力的な衝突はあまり聞かない。
パレスチナとイスラエルは間に壁があり、イスラエル兵が見張っていたり、動く物を全て撃つセンサー付の自動砲塔などで居住区が分けられているが、チベットやウイグルには中国人が大量に移住させられてどちらかというと同化政策で文化を混ぜていつの間にか現地の人が少数派になっている事。パレスチナ人は子沢山なので少数派にはなっていないようです。
パレスチナ自治区というのは名ばかりで自動砲塔等で囲まれてまるで自治区全体が刑務所の中の様な感じではないでしょうか。小学生の時にエルサレムに行った時に夜中に銃声が聞こえて怖かったのを覚えています。市内にも武装した兵士が沢山いてとても物々しかったです。
そして若い世代の中国人はチベットは中国に「解放」されたと教育されているそうですが、イスラエルでは流石にパレスチナを解放したとは教えられていない様です。

大きな違いは、
パレスチナ自治区        ⇒ 自治をしている。
チベット自治区・ウイグル自治区 ⇒ 名前だけで自治をしていない。
でしょう。

>チベット・ウイグルでは漢族同化政策やそれに近いものが行われている
>(中国語の押し付けと民族語を学ぶ機会の削減など)
↑こんな事は、本当に自治をしていたら起きる訳ありませんから。

民族と中国史

民族と中国史

中国って歴史的には、周辺に朝鮮、トルコ系、チベット系、ベトナムなどあります。(現在の国境は別として)

中には、契丹や女真族などがあります。


1、中国史に組み込まれるのはやはり地理上というのが大きいでしょうか。


組み込まれている民族で、漢民族に関わらず他の民族も中国の国を作ってます。

それで、北のトルコ系などは牧畜で馬を養成したりして、戦争に強かったですね。


2.中国の歴史的に周辺的な民族っていろんな対応していると思うのですが、やはり服従、そむいて独立、抗戦、駆け引きなどありますが。ウイグル、チベット、朝鮮、ベトナムとどんな特色があるといえますか?インドの文化をうけた国と中国の文化を受けている国も含まれますが。

>1、中国史に組み込まれるのはやはり地理上というのが大きいでしょうか。現在の日本の高等学校の教科書の基準であれば地理上と考えても差し支えはないのかと思います。

>ウイグル、チベット、朝鮮、ベトナムとどんな特色があるといえますか政治史という観点からしますと、中国のその時その時の王朝がどれだけ関心をもっていたのかで対応の特徴が変わります。中国は統一王朝の時代というのが、歴史的な時間の中では比較的短い時間でしたので、一括して考えるとややこしいことになります。ご質問の末尾に文化とありますが、むしろ文化という括りの方が特徴は分かり易いかと思います。

このような観点から超々大雑把に言いますと以下のように言えるのかと思います。ウイグルは、地理的に農耕に適さない砂漠地帯を間に挟んでいたこともあり、中国の儒教文化の影響は少なかったと言えます。イスラム教のことを回教というのも、このウイグルの人達を中国の王朝が回族と呼んだことに由来します。農耕を基盤とした中国王朝とは異なり。中央アジア諸国と同じように交易と牧畜を主体とした独自の文化を創り出していました。宗教文化の影響も中東のイスラム教の影響を強く受けています。そういう意味ではイスラム教圏の東端の文化と言えます。

チベットは、山岳地帯であったこともあり、農耕に不向きなために中国の歴代王朝は余り関心を示しませんでした。ヒマラヤ山脈を挟んでインドと接していたこともあり、インド文化の影響を受けていました。山岳民族にとっては、ヒマラヤ山脈はさほどの障害にはなりません。とくに、インドで発祥した密教が強い影響を及ぼし、チベット仏教と呼ばれる独自の仏教を創り上げました。農耕文化に基盤を置く儒教はほとんど受け入れられませんでした。

ベトナムは越南と表記されますように古くから中国王朝と接してきました。ベトナムの歴史を見て頂ければ分かりますが、徹底的に交戦を続けた時代と、友好関係であった時代が交互にあります。中国が統一国家であった時代には揚子江よりも北部の長安や北京、南京などを首都(王城)としていたことが多く、遥か南方に位置するベトナムへの干渉は限られたものでした。ジャングル地帯を有していたことから、平原での戦になれた中国王朝の軍隊にとっては不得手な地域でもありました。朝鮮や日本と同じように漢字や儒教を受け入れてきてはいました。ベトナム独自の漢字も作られていました。一方でタイやミャンマーなどの南方仏教の影響も受けていました。中国で尊重された大乗仏教とは異なることから、結果として中国仏教の影響も限られたものとなりました。長い海岸線を持っていたことから、海洋交易も盛んでした。特に朝貢貿易を主体とする中国王朝とは異なり広く海上交易をおこなっていました。日本も室町時代から戦国時代にかけて盛んに渡航して日本人町などもできていました。大航海時代のヨーロッパ船も頻繁に寄港していました。そのような意味では中国や朝鮮よりもはるかに国際感覚が養われていました。

朝鮮は建国以来数千年に渡って中国の影響下に置かれ続けました。朝鮮半島の基部の西側の遼東と呼ばれる一帯は穀倉地帯であったこともあり、常に歴代中国王朝の関心の的になっていました。高句麗は建国から滅亡までの間この遼東の地域の覇権を中国王朝と争い続けました。朝鮮の歴代王朝は他の国や政敵を倒すために中国王朝の力を借りました。中国王朝側も傀儡とするために積極的に関与し続けました。ベトナムへの対応とは全く異なっていました。受け取る側も、ベトナム民族とは全く異なる受け取り方をし続けました。気候風土や地形だけではこの違いを説明できません。

モンゴリアを中心とするテュルク(トルコ)系、モンゴル系、チベット系などの遊牧民族や遊牧民族国家は現在の日本では
単に中国史に組み込まれず、例えば山川出版の各国史では北ユーラシア史で括られています

その中で中国の五胡十六国時代モンゴル系遊牧民の鮮卑族の一部である拓跋部は代を建国しますが
チベット系の羌族の建国した大秦に滅ぼされますが、北魏として再建され 華北、中原を統一します
ここで中国史に食い込んできますが
一方で北方の遊牧民柔然と対立します
遊牧民の柔然の主兵は軽装の騎馬弓兵、半華した北魏の主兵は重装の突撃騎兵、双方とも使い捨ての歩兵は拉致又は従属させた漢人を用いました

初期の北魏は弁髪など胡俗やズボンのような乗馬に適した胡服を着て
風俗も皇族がローティーンで父親になる、実母以外の父親の妻妾を父没後、子が相続するなど遊牧民特有のものもありました

しかしながら皇族を含む上層家系は代を重ねるごと母方に漢人の血を取り入れるため漢化し
ついには首都を中国の洛陽に遷都し胡俗を禁止し完全に漢化する政策を取ります
当然漢化していない中下層の鮮卑族は反発し反乱を起こすという具合です

五代十国時代では黄巣の乱で賊軍の頭目の一人にも関わらず裏切り唐朝の節度使(地方軍司令官)に転じ漢人でありながら
皇帝を殺し、貴族を殺戮するなど絵に書いたような極悪人の朱全忠と
唐朝に忠実であったテュルク系突厥族沙陀部の李克用との抗争

一方で黒づくめの重装突撃騎兵主体の李克用の沙陀部は軽装騎馬弓兵主体の北方遊牧民の契丹族と戦うなど


遊牧民族と漢人のボーダーラインで語られています


テュルク系は中世のウイグル王国崩壊後、一部が大量にイラン系主体であった中央アジアに遊牧生活をやめ、定住化したため
中央アジアがテュルク化し北ユーラシア史から中央アジア史に組み込まれます


高句麗は現代の中国が地域国家と称するように満州に食い込む歴史を重ねていました
三国志の魏や鮮卑族の慕容部の前燕、隋、唐と争ったり、高句麗人が唐の将軍として唐軍を率いたりするなど
朝鮮史と中国史のボーダーラインで活動していました

新疆ウイグル自治区を旅したい

新疆ウイグル自治区

中国の西方にあるイスラム教徒の多く新疆ウイグル自治区ですが、ここには特に魅力的なものはありますでしょうか?
また、核実験の影響など特に危険なことはありますでしょうか?
米軍が中央アジアに力を入れていたり、アフガンなど国境付近が危険ではないのかと危惧しています。(それともやっぱり普通の人は国境付近にはたどり着けない???)

回答お待ちしています。

新疆ウイグル自治区に興味をお持ちですか。わたしもここ数年、ウイグル自治区にはまっているみたいで、タクラマカン砂漠の周辺を旅しています。おっしゃるとおりあのあたりはイスラム圏です。歴史に興味をお持ちなら、興味深いところがいっぱいありますが、歴史的なことに関心が無くても、茫々とした砂漠があり、青く光っているモスクやミナレット、それから古い時代のお城などがあったりして、とてもエキゾティックなところです。

中央アジアはタクラマカンからパミール高地を越えて(実際には飛行機で越えたのですが)ウズベキスタンまで行きましたが、もうすばらしいのひと言です。ただ現在はアフガニスタンの国境付近は危険らしいです。そういうところへは行かせてもらえません。外務省のホームページに危険な国のことが詳しく載っていますよ。

核実験はタクラマカン砂漠の東の端の有名な楼蘭の近くでやられていますが、旅行者は近寄れないです。わたしはたまたまウルムチ空港が嵐で使えなくなって、楼蘭の近くの空港へ緊急着陸したことがあるのですが、建物が何もない砂漠の真ん中の異様な飛行場でして、後で核実験用の空港なのだと聞きましたが、いまだに真偽のほどはわかりません、今となっては確かめようが無いですしね。

ウイグル旅行、中国語話せなくて大丈夫?

ウイグル自治区にあるカナス湖へ、ウルムチ発2泊3日くらいツアーで行きた

ウイグル自治区にあるカナス湖へ、ウルムチ発2泊3日くらいツアーで行きたいのですが、ネットで探しても見つかりません。心配なので、できれば日本で予約をしていきたいのですが、ツアーは現地での申し込みが主なのでしょうか。また、現地で簡単にツアーに申し込むことが可能なのでしょうか(中国語はまったく話せません..)。 カナス湖へツアーでいらっしゃったことのある方、アドバイスお待ちしております!

ウルムチへは、中国の主要航空会社及びAsiana航空辺りで日本からは1航空会社との契約で行けると思います。
ウィグル地域のツアー規格に関しては現在確かな情報を持っておりませんので、日本にある中国をメインとした旅行会社に問い合わされてはどうですか?

なお会話の件ですが英語はもちろんのこと北京語すら通じにくいです。私もやりとりには苦労しました現地方言は北京語とは異なりますし、中国語よりもカザフ語がよく飛び交っていたからですできれば旅なれた方とご一緒することをお勧めいたしますただ中国語が出来ないからといって絶対に行けない場所ではないと思います行きたい気持ちが強ければどうにでもして行けると思います余談ですが私はウルムチ旅行の後には南米の最南端まで行きましたので人間その気になればどこでも行けると思います。

もしツアーということであれば街中に旅行会社がたくさんありますのでどこで頼んでも問題はないと思います街中には大きな看板も出ていますので苦労することはないかと思いますもしご心配なようでしたら「阿勒泰哈?斯中国国?旅行社」という会社が地球の歩き方にも載っていますただここでも旅の予約には中国語が必修かと思いますので会話の出来ない方は日本で企画している旅行会社に頼んだ方がよいでしょう

この地区へ行かれる場合には相当厚手の服が必要です私が行ったの9月でしたが大変でした

今はわかりませんがネット規制、国際電話規制含めて外部との連絡が取れませんでした

まとめ

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