名作映画「男はつらいよ」フーテンの寅さん特集! テキヤって何? なぜいつもフラれるの?

  • ガイド ( How to )
  • ありがとう数:0

はじめに

今日は映画「男はつらいよ」の主人公・寅さんの日。1969年~1995年まで全48作が作られた同シリーズは、日本の古き良き文化や情緒がたくさんつまった名作です。フラリと日本中に出かけて商売をし、恋をし、フラれ、また葛飾柴又に帰ってくる寅さん。寅さんの仕事、ファッション、生き方、恋愛など、様々なQAを紹介します

主人公・寅さんの略歴を教えてください

生年月日・・・昭和15年(1940年)11月29日
最終学歴・・・柴又尋常小学校(葛飾商業中退)
《渥美清-平成8年8月4日逝去(68歳)》

寅年生まれですから、昭和3、15、27年です。 因みに渥美清さんご本人も昭和3年(1928年)の寅年です。 

http://www5.plala.or.jp/endo_l/eiga/otokohaturaiyo/otokowaturai_itiran/date/omonahitobito.html

中学卒業以来、履歴書に書けるような、正業についたことは、ないはずです。
映画化の前に「泣いてたまるか」という、一話完結のドラマが、あり、そのうちの一作の話がふくらんだものが、映画の寅さんだということでした。
泣いてたまるかは、青島幸男さんと、渥美清さんが、ほぼ交代で、出ていたドラマです。
映画の一作目を見ると、あんなに長く続けるつもりは、ないような、姿勢が感じられます。
一作で、終りという作り方でした。
48作という長さを考えると、寅さんのプロフィールは、あとづけで、作りあげれば作れるけれど(無理が発生すると思います)、深く追求してはいけない、したら、野暮ということかと思います。

■寅(とら)年生まれなので、寅次郎という名前だったんですね

寅さんは家業手伝いで、たまにぶらりとどこかに出かけて日本中をフラフラするストーリーですか?

いいとこついてます。
大まかに分類すると、
1.旅先から返ってきた寅さんが柴又で(その回の)マドンナと出会うが結局振られてまた旅に
2.旅先で出会ったマドンナに結局振られて柴又に帰る
のどちらかです。

家業は手伝ってはいません
寅さんの職業は「テキヤ」です
心も体も「ふらふら」しています、
本気で結婚も考えますが、踏み込めなかったり、失敗したり
(基本的には失恋)
リリー(浅丘ルリ子)の出ている話がお勧めです
(第11作・15作・25作・48作)

■作品で必ず一度は柴又に帰ってきてるような印象があります

寅さんのやってるテキヤ商売が知りたいです。「仕入れの方法」「売れ残った商品はどうする」「商売する土地での滞在時間」「今でもこの商売はある?」

瘋癲(フーテン)ですから資本がありません、体一つで旅回りをして祭事があれば土地の的屋(テキヤ)に雇われて商売の手伝いをしています、何も屋台を全国引っ張って旅回りをしているわけではありません。

台湾人の親方の下でテキ屋紛いの仕事をしている親戚が居ます;
寅さんは全国の祭り、イベントや、商売に向いた時期、季節を覚えていて、其れに従い、今年は、こっちののルートを行こうか、いや、海が見たいから彼処を回って、とか考えながら旅を続けています。

仕入れは、其の土地、其の土地の親方の元で行い、屋台や道具もレンタル出来ます。なので売る品物は其の時に思い付く売れそうな物を選ぶので、何時も同じ物とは限りません。売れ残りは食べ物でない限り、親方へ返品するので不良在庫を抱える事は無いのです。ただ其の際は親方への引き取り料みたいな金銭のやりとりが有るのかな、と思います。滞在する日数は祭りが終わるまでか、売り上げの落ち具合と次ぎに行く旅先の祭りの日時の兼ね合いで決まります。

今はテキ屋も風変わりしたみたいで、店を持ち、商売の傍ら、県内のお祭りだけ屋台を出したり、道具はレンタル店で借りたりして居るみたいです。又、かなり規制が厳しくなりましたが、ヤ○ザな方や近しい人も居たりして、寅さんの様にほのぼのとは行かないのが現実だそうです。

寅さんも楽じゃないでしょ?ちゃんと考えて旅をしているんです。
トランク一つ、中には僅かばかりでしょうが、資本金が入っています。
交通費、宿代、飲食費、馬鹿にならないので何時も貧乏です。
珠に当たって大もうけしたお金で、小さなお土産を買い、葛飾柴又へ帰ってくるのです。

次回、寅さんを観る機会が有ったら、そんな事を思い出しながら見て下さいね。

■儲かったり儲からなかったり、天気や仕入れに左右されたり、なかなか難しそうな稼業ですね・・・

寅さんはなぜずっと同じ服?

たしか1作目は普通の背広にネクタイしてたと思います。

しかし流行は気にしない寅さんですから決まりきったスタイルでいいんじゃないでしょうか。
あまり細かいこと気にしてると「寅さん」そのものがいなくなってしまい物語が成立しませんよね。

また時代設定もその時代にピタリあっていたかというとそんなに厳密に合わせていなかったようにも思いますね。ある程度流行りものは取り入れていましたが、大きな流れとしては昭和の30~40年代をイメージしていたような気がします。

寅さんのような人物というのは実際にはまずいないであろう人物ですから、あまりに「普通の人」であっては物語の面白さが半減してしまうのでしょう。
そして架空イメージとしてのキャラクターが固定化される一助として、いつも同じ格好にするという判断をシリーズ化の過程でしたということだと思います。

まんがの主人公がおなじ格好だというのと似たようなものでしょうね。

寅さんはファンタジー。妹のさくら一家はリアリズム。
だから、さくら一家は映画の中で年をとる。
寅さんは年も取らないし、服装も同じ。冬でも同じカッコ(マフラーぐらいはしていたが)。

この対比構造が、この映画を面白くしているのです。

■ファッションは定番にしたほうがイメージが持ちやすいですね。さくら一家が年をとっているという設定は初めて知りました

「男はつらいよ」に歴史的価値はありますか。内容から学べることはありますか?

寅さんの社会的評価とか
作者の真意とか抜きにして
何作目かは忘れましたが
寅さんの甥っ子が寅さんに[何で人間は勉強しなきゃいけないの?]と聞く場面があります
それに対して寅さんは
[人生生きて行く中でどっちの道に進むか迷った時
俺みたいに学の無いやつはサイコロでも転がして決めるのが精一杯だが勉強して学のあるやつはしっかりと判断できるんだ その為に勉強してるんじゃ無いかな?]みたいな事を言っていました
この作品の中で私が一番印象に残るシーンでした

数多くある作品のほんの一部ですが
取り敢えず観て下さい

好き嫌いがはっきりわかれる映画だと思います。
その好悪は、主人公、寅次郎の愚かさを愛せるか許せないかで決定づけられることでしょう。
寅次郎は内剛外柔タイプで、一見はた迷惑な人間ですが、一部の人の目にはまるで神仏のように慈悲深い人間に映ります。
普段は勝手気ままに振る舞いながら、ここ一番という場にさしかかると、他人の幸福を優先し、犠牲となって身を引くのです。
その、ある意味身勝手な献身を、どうお感じになるでしょう?

その他の魅力を大づかみに説明いたしますと。
コメディ、大衆映画として軽視されがちですが、脚本、映像、編集ともにレベルの高い映画です。
レギュラー陣が、非常に演技の巧みな方ばかりです。
言葉がイキで、きれいな日本語が使われています。
映画を制作される方の手本となる作品だと私は考えます。

まずは、シリーズの妙味が凝縮した第一作をご覧になることをおすすめします。
肌に合うとお感じになられたら、あとは興味をひかれた作品をどれから観ても楽しめるでしょう。
ただ、何かを「学ぶ」ことを目的に本作を観賞することはおすすめできません。
心のままに泣き笑いしてほしいという思いを込めてつくられた作品だと思いますから。

■寅さんの勉強の話は深いですね~

シリーズ48作中、どの映画がおすすめ?

男はつらいよ 純情篇

初期の威勢の良い寅と森信のおいちゃんの掛け合いも楽しい。
真のマドンナであるさくらとの電車での別れがせつない。


男つらいよ 寅次郎夕焼け小焼け

甘い解決かもしれませんが、この作品はハッピーエンドなのです。
これが最終回でよかったのかもしれません。

 「寅次郎純情詩集」ですね。マドンナは京マチ子・その娘役の壇ふみの二人と豪華で、寅さんの恋も二倍楽しめること、そしてラストで寅さんは京マチ子(この二人、実は幼なじみの間柄、寅さんが御嬢さんだった京マチ子に悪さばかりしていた)に気に入られていくのだが、京マチ子の病状が進行し、京マチ子が「どんなお店を出せばよいか」と真剣に考えてやり、ついに「花屋がいい」と答えが出た時には、京マチ子はあの世に召された後だった、という切なさが、何とも言えない味を出していると思います。

 あえて一作のみというのなら、私はこれを推します。

15作 寅次郎相合い傘 :リリーを柴又駅に迎えにいくシーンが好き
17作 寅次郎夕焼け小焼け :太地喜和子の演技が光る 岡田嘉子のセリフもすごい
25作 寅次郎ハイビスカスの花 :ついに寅さんが言う「リリー、俺と所帯持つか…」。この前後のやりとりがいいですよね。
29作 寅次郎あじさいの恋 :かがり(いしだあゆみ)との成就しない恋がなんともせつないです。片岡仁左衛門(13代)もいい味だしてます。
32作 口笛を吹く寅次郎 :寅さんシリーズの中で「面白さ」ではピカ一だと思う
38作 知床慕情 :三船敏郎の存在感が圧倒的
39作 寅次郎物語 :シリーズ中ではそれほど目立たない作品だと思いますがこのなかで満男が寅さんに聞いています。「人間は何のために生きてんのかな?」 山田監督の人生観を表しているのかもしれないです。どう答えているかは映画をみてください。

■どの作品も味わいがありますね。定期的にテレビなどで再放送してほしいです

寅さんの楽天的な生き方に憧れます。実際にこういう生き方をしている人はいるのでしょうか?

寅さんは「楽天的」じゃないんです。
寅さんは「自分の居場所が無いから」旅を続けた人だったんですよ。

「くるまや」で生活してる人達は、妹の「さくら」(実は腹違いの妹。自分は芸者との間の子供)も含めて「他人」なんです。
血のつながりはあるけど、自分がどうしても「はじけもの」だ、という認識は消えなかったんですね。
結婚して世帯を持って、ということも考え、恋もたくさんするけれど、それが成就しないのは結局「引け目」が自分の中にあるから。
だから「自分以上に幸せに出来る相手」が現れると「逃げて」しまう。
言い方は悪いけど「腰を据えるべき自信」が無いんだと思う。

だから、寅さんは寂しい。
満男と泉の仲を取り持つことで、ようやく車家の一員として自他共に「受け入れられる」所だったけど、残念ながら渥美さんの命が続かなかった。
そこで旅も終わるはずだったろうに、と思うと寂しい限りです。

私も好きなんです、寅さん。
昔は憧れたけど…今はそうじゃないですね。

同じ生き方、というのならば、実際に旅から旅へ、と言う仕事ではなくても居るんでしょうね。
故郷って、大事です。

■あの明るさや楽天的に見えるところも常に離れない寂しさの裏返しなのかもしれませんね

寅さんはなぜいつもフラれるんですか

必ず振られるわけではありません。

特に印象的なのは
男はつらいよ 寅次郎夕焼け小焼け(第17作)
で、マドンナの大地喜和子とはかなりいい感じになって,
最後のシーン,彼女の家に行って,
「お前と所帯を持とうと思ってな」
で終わります。

振られませんでした。

このときのの放送の翌日、会社の同僚と,
「寅さんが振られてなかったってことがあったんだ~~」
と盛り上がりました。

寅さんが結婚して、だんご屋の二代目に収まってしまったら話の膨らませようがないじゃないですか。いつもいつも柴又近辺の出来事だけではねぇ。そうでしょ?それに結婚した後も一人でふらふらあちこち出ていたら、一人他人の奥さんが悲惨になるでしょ?柴又にいるのが寅さんの家族だから面白おかしく出来るのです。

毎回違う女性を好きになって振られて旅に出て、又違う女性と出会う。だから映画になるのです。

それと、いつも寅さんが振られているのではありませんよ。寅さんが女性を振っている(やんわり拒否している)作品もあります。現にリリーさん(浅丘ルリ子さん)だって寅さんにベタボレじゃないですか?他にもいますよ。

寅さんはいつもふられる、というわけではありません。

何話目か忘れましたが、寅さんについて大体こんなことを言います。
「おじ(寅)さんは、いつも振られているわけではないんだ。いい具合になるおじさんは逃げちゃうんだよな~」と。

男性なら寅さんのこの気持ちってわかりますよね?

寅さんはふうてん(定まった仕事をもたないで、ぶらぶらしている人。)だから、うまくいっちゃまずいんでしょう。寅さんはやさしいね~。

■フラれない話もあったんですね! いい具合になると逃げるというのは浮き草稼業の自分では女性を幸せにできないと思って身を引いているのかもですね

まとめ

このユーザなら私の疑問や悩みを解決してくれそうと思ったら、
質問への回答をリクエストすることができます。

特集


OKWAVE若者応援スペシャル企画

ピックアップ

ページ先頭へ