自分を駄目だと思う前に、考える方法

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はじめに

 人は理由を探すもの  貴方が駄目だと自分も思い、また他人もそうだと考えている時は、多くの場合、一緒にその理由をも見つけようとしているのです。  しかしそれは客観的・公正な考えに照らしての真実・結論でしょうか。  必ずしもそんなことはありません。

STEP1 解決に向けて

 まず、自分の置かれたひどい状況に対し、できるだけ近い関係から目をそらし、外の世界を省みてください。
 極端な話、もし貴方が兵士であり、戦争の渦中にいたとしたなら、それは平時ではありません。けれど戦地に深入りしてしまえば、それが自分の持って生まれた日常のごとく思い込んでしまう方が、やむなき当座の問題解決になら有益です。
 しかし元より今の都市社会は、そこまで特別なところではありません。

STEP2 そう思えたなら……

 一体、普通の社会で人権を持つはずの自分がなぜ、人から嘲弄や罵倒の目に遭わなくてはならないのか、そこに冒頭の公正な《理由》は探せません。無論、もし貴方が明らかな社会的犯罪を冒していたなら違いますが、そうでない限り、貴方を不快がらせてまで行う、如何なる正義が我々の日常に存在するでしょうか。
 また、貴方に対し、たとえば気に入らない・変だ程度の曖昧な要因が四囲に認められていたにせよ、だから傷つけられていい審判が成立するでしょうか。

STEP3 あるいは駄目でもいい

 としても、貴方には何か他人の知らないコンプレックスがあり、どうしても自分が駄目だとしか思えなかったとします。いいでしょう。それもひとつの信念ですから。
 ところが、混同すべきでは絶対にない事実として、そのコンプレックスに対し何故にあわせて誰かから、尚も駄目だと責められなくてはならないでしょう。
 自分が駄目だと己に言いきかせること・他人から駄目だと頭ごなしに言われること、このふたつはほとんど別のものにすぎないことを、よく記憶してください。

まとめ

 結論  駄目な自分を誤摩化す必要はありません。何故ならそれは自分の問題点を深く理解しているがため、念頭を去らない思い込みだからで、又、だとすればそれを治すことから考え直せるでしょう。  しかし、こう自らを誠実に見詰め直している時、その一切を知りうる余地もない他者がどう誤解して立ち入るのであれ、その調整は後日、自分が立ち直ってからするべき仕事にすぎません。もし他者の勝手な言い草にも、巧く対応可能なら違いますが、到底そんな余裕などありはしない自己だと忘れていない限り、それも自ずとして分るでしょう。

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