冬春の観光名所こぼれ話 その二十九 竈門神社

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はじめに

Photo by 冬春
 竈門神社。
 これ、何て読むか分かりますか?

STEP1

 竈門神社(かまどじんじゃ)は福岡県太宰府市の宝満山麓にある神社である。
 別称宝満宮。
 玉依姫命(たまよりひめ)を主祭神とし、相殿に神功皇后・応神天皇を祀り、現在は縁結びの神様として知られている。
 大宰府の背後の宝満山にあり、宝満山の麓に下宮、山頂(830m)に上宮がある。
 八合目に中宮があったが、現存せず跡地が残るのみ。
 どうも古くからこの山は山岳信仰の地として知られる霊地だったらしい。
 福岡の大地を一望し、そびえる山に巨木群は見るものに畏敬を感じさせずにはいられない。
 天智天皇3年(664年)に大宰府が設置されたとき、鬼門 (北東)に当たる竈門山(宝満山)の麓で鬼門除けの祭祀が行われ、白鳳4年(673年)その地に社殿が造られたと伝えられている。
 『延喜式』では名神大社に列し、九州の総鎮守とされた。
 天智天皇12年(673年)、心蓮(しんれん)という僧が山中で修行中に玉依姫が現れたとされることにより、朝廷によって社殿(上宮)が建てられた。
 平安時代には唐に留学する最澄や円仁が渡航の安全を祈り、空海等にも縁のある信仰の山である。
 山岳信仰の為か、英彦山との関係もあり修験道の道場ともなり、竈門山寺、宝満大菩薩と称した。
 竈門山寺は古代・中世にわたって九州の代表的な寺院で、山麓には堂や坊が建てられたが、室町時代以降の戦乱で衰退した。
 明治の神仏分離・廃仏毀釈により、仏教色の強い竈門山寺は建物のほぼ全てが破壊され、わずかに残った一つの社殿が村社竈門神社とされた。
 山中に石仏や堂跡が残る。
 その後、祭神が神武天皇の母神の玉依姫命であり、かつての式内社、九州総鎮守であることなどから、明治28年(1895年)、官幣小社に昇格した。
 現在の社殿は昭和6年(1931年)に造営されたものである。
 福岡県を中心として当社に対する信仰(宝満信仰)があり、各地に勧請が行われている。

まとめ

 竈門神社

 福岡県太宰府市大字内山字御供屋谷883

 コミュニティーバスまほろば号終点「内山」下車直ぐ
 西鉄太宰府駅より車で十分
 有料駐車場あり

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