企業の比較

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はじめに

企業の比較について
 
 企業の盛衰の違いの論及を行なうことにする。
 まず企業の盛衰の違いはいくつかの項目に分かれる。最初にそのことを提示しておいてこの論文を始めようと思う。
1、企業の経営姿勢 これは企業内部に主に主因がおかれる。
2、企業の認知度 これは主に外部的なことに主因を置いている。

 この二つだけでおよそのことは言い尽くせると思う。なぜなら企業にとって欠かせない主な要因、外部的、内部的な要因が出揃っているからである。
 さてそれはでは考察を行ないたいと思う。
 第一の設問から論及を始めるとその主な原因、それは盛衰双方に言えることであるが、それは内部の監査、すなわちどれだけ自己の会社の企業体質が整っているかによる。もし企業事態の規模がさほど大きくなく、企業体質を整えるのが容易ならば、それは好都合である。その会社はまず自己の会社の基盤固めとして、自己の会社の監査、あらゆる検査、職場などの施設、調子を調べる必要がある。そのうえで経営の一本化を図り、会社を軌道に乗せていったほうがいいであろう。なぜならば多角的経営とはやもすれば会社の規模を拡大することに必死になるあまりに自己のことを顧みないことを意味し、それは足場のきちんとしていない工事現場にたとえられる。その挙句に企業は内部から崩壊し、倒産することになるであろう。したがってこのことからも察せられるように企業の経営姿勢でもっとも大切なのは、自己の事を顧みることであるといえる。
 

STEP1

そして企業の規模が大きい場合は、これも前者と同様であるが、自己の会社内部の様子を仔細に検査、観察することが必要である。これを怠れば巷に溢れるような大会社の不祥事などの二の舞になりかねない。これで大まかな概要は述べ終えた。私はこの事を常に念頭に置きながら、次に企業の戦力のあり方を仔細に見ていきたいと思う。これこそが企業の盛衰の第二の要因であり、かつまた重要なことであるというのは言うまでもないであろう。それはある程度会社が大きくなったあとに踏む、第二の階段でもある。
 まずこの事を論及する前に私は人の心理学的、形而上学的本質を述べたいと思う。人というものは現在に生きるものである。めまぐるしく変わる状況の中、人は常に目の前にちらつく直観的なものに従って生きている。スペインの牛が目の前にほだされた赤い布に飛びつくように人という者は、ほとんど目の前の印象に従う。これはまたこうも言えるであろう。人という者は欲望に従って生きる動物である。これがあるために人が肉食動物や草食動物より多少高等などとは、どんな人でも軽率には言えないであろう。だから人とは常に食物を求め、人々を求め、また日用品を求める。これもまた人が欲望に従う生き物における由縁で生まれる軽率な行動である。しかしこれがあるために我々は生きとし生けるものになれ、また生存を行なっていけるのである。よってこの大原則を踏まえていれば、企業戦略は間違えることが無い。食料品の会社がいくら不景気でも儲かるのはそのためである。企業の上に立つものにとってこの原則を踏まえることがもっとも大切である。この原則を一時でも忘れれば、それは破滅を招くことになる。
 また人とは安楽を求める生き物である。誰も好き好んで苦を求めるものはいない。もしそういうことをする人がこの地上にいるとすれば、それは気違い沙汰と取られるか(苦行を伴う餓死などがこれに属する。)、もしくは聖者仏陀のように崇め祭られることになるであろう。
 

STEP2

さてこのような例外は置いておき、私は論述を進めたいと思う。人々が安楽を求める、それは形而上学的な真理である。このことから言えるに企業とは出来るだけ人々の欲にかない、なおかつ安楽を手に入れられることを歌い文句にする必要があるといえる。このことを感覚的に分かっている経営者はそんなに数多くは居ないが居ることにはたくさんいる。そのためこの見解を把握していない企業は衰退の一歩をたどることになる。ここが大きな違いである。人々の欲望にかない、安楽を追及した商品を作る、このたった二つの真理を知らないがために幾多の企業が倒産したことであろう。よって私はこれまでの論述で大きな企業戦略の中枢を述べ終えたわけである。人々の安楽と欲望にかなう、この二つの形而上学的真理を。
 そしてこれに付随するものとして重要なものが他にある。それは企業の倫理姿勢である。これはすなわち企業の営利目的だけではない姿勢を意味する。企業にとってもっとも営利とは大切である。しかしそこにおいても蔑ろにしてはいけないことがある。それが倫理姿勢である。その企業が営利目的にばかり走っていれば、それは時期に人々の目に卑しいものとして映ってくるであろう。その結果企業の評判はがた落ちになり、倒産の愁いを見ることになる。そのような結果を招かないためにはなんとしても企業の倫理観というものが重要になってくる。例えば、無償のボランティアをする、障害者の使いやすいような施設を作るなど、これらが企業の評判を後押しする。これは哲学的に言って人々に崇高感を抱かせるとも言う。したがってこの要素も経営姿勢にとって重要であるといえる。

 次に企業の認知度、すなわち周りから見た評価について述べたいと思う。これが企業にとってもっとも大切だと述べる輩が割合多くいる。しかしこれは間違いである。これよりは私が前に述べた経営姿勢のほうがよっぽど大切であろう。だがこのことはまだ公然とは述べられない。私がこの評価がそんなに気にやむことの無いものであると述べ終えるまでは。
 

STEP3

私はこのくだらない意見に対する反駁として人の意識の中に生じる他人の意見というものを例題にとって説明をしたいと思う。私が他人のことを嫌な奴だと思ったとする。しかしそれを友人に話すと彼はそのことをまったく反対であるといった。この友人ももちろん私が嫌だと思った人のことを知っている。そして私は変な気分に陥る。なんとなく自分の意識の中に生じた他人の評価についての疑惑がどうもおかしいと感ずくのである。これこそが企業評価にも通ずる根本真理である。人の評価など一時の世迷いごとであり、経営姿勢がしっかりとしていれば、何も怖がることは無い。たとい変な噂が流され、企業の評価が一時落ちようともそれは心配には及ばない。このようなものは時間が解決してくれる。時間が経てば自然と偽者の弊害は消え、また同じ状況に戻るだけである。したがって企業の根本姿勢がしっかりとしていれば、何も評価をいちいち気にすることは無く、堂々と道を進んでいけるというものである。そしてなぜ? 人が他人の評価を気にするかといえば、それは虚栄心のためである。自分をよく見せたいなどこれらの欲心のために人は他人からの意見をあせくさとしていともくそ真面目に受け止め、悩むのである。
 しかしこの認知度が大切な場合もある。それは入れ替わりの激しい業界の場合により多く言える。英会話学校や、塾など、消耗品ではない商品がこの分類に入る。このような企業の場合にはある程度の宣伝は必要である。それがなければまったく知られていないわけであるし、その会社は危機的状況に陥るであろう。新規参入会社もその分類に入る場合が多い。なんにしても経済とは流動的であるためにある程度の宣伝は必要なのである。だがその前にきっちりとした経営姿勢をもちろん踏まえての話ではあるが。
 
 私がこのように述べ終えたことは、多少間違いもあるかもしれないがおおかた合っていると思う。私は少なくとも自信を持ってこの論文を書いた。その点を度外視してもこの論文の中には普遍的なことが多く含まれていることであろう。

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