阿弥陀なる仏は、釈迦死後数百年もたったあと、ある自称大乗という信仰集団が創作した仏教小説、フィクション中の主人公です。 ということなので、生前の釈迦は阿弥陀のことなんぞ一言も語っていません。 このフィクション仏教小説の
後光がありOKサインをしてたら阿弥陀様とわかるのですが、 後光もなく、手が座禅ポーズ(禅定)で、隣にほかに仏像もない場合、(例えば鎌倉大仏でしょうか)、 阿弥陀像と釈迦像の違いを教えてください。
まことに無知な質問でお恥ずかしいのですが、お釈迦様と阿弥陀様は同じ方でしょうか、もし違う方でしたら関係を教えてください。
仏説阿弥陀経とはお釈迦様が説かれた事になっています。 アミタ(阿弥陀)とは無量寿、無量光と訳されるそうです。 お釈迦様はこの書物に説かれている事を本当におっしゃったのでしょうか?
一説には、板碑は阿弥陀に関係するものが非常に多くあり、 しかも鎌倉武士の支配する地域に沢山見られるそうです。 とすると鎌倉武士は阿弥陀を信仰していたのでしょうか? 信仰していたとしたらその理由はなんでしょうか
浄土真宗の阿弥陀仏を、真理の擬人的表現と捉えてはいけないでしょうか
私は浄土真宗の教行信証や歎異抄に感激し、個人的に念仏を唱える用になりました。 私は阿弥陀仏を真理(縁起)を擬人的に表現した物と捉えています。しかし、そのような解釈は真宗の教義上、許されるのかどうか大変気になっているの