大政翼賛会創設時の総裁は首相の近衛文麿でしたが、 近衛内閣崩壊後も、近衛が総裁を務めていたのでしょうか。 それとも、その時々の首相が総裁を務めていたのでしょうか。 ご存知の方教えてください。
昔、どこかの掲示板で、「終戦に貢献した禅の(?)お坊さんがいる」という話を目にした記憶があるのですが、検索をかけても手掛かりがつかめません・・・ そのお坊さんの名前だけでも知る事ができれば、と思いまして、こちらにご相談させていただくことにし
岡田啓介(内閣総理大臣) 、鈴木貫太郎(侍従長) 斎藤実(内大臣) 、高橋是清(大蔵大臣) 渡辺錠太郎(陸軍教育総監)、牧野伸顕(前内大臣) 二・二六事件では、以上の人物がテロリストの標的となりました。 この
歴史が好きなので、考えてしまいます。 戦後史上最悪のリーダーって誰かなと考えたときに、つい菅首相だと思ってしまいました。民主党への批判とかでなく、日本を悪い方悪い方へと向かわせているからです。 過去に拉致を起こした犯罪者の釈放を求めている
太平洋戦争末期に降伏を決意した指導者の逸話で、「朽ちかけた木の下に新芽
太平洋戦争末期に降伏を決意した指導者の逸話で、「朽ちかけた木の下に新芽を発見した」ところから、「次世代が根絶やしにならないうちなら、一時は降伏しても、捲土重来はあり得ると蒙を啓かれたのは、誰でしたか? 1970年頃のテレビアニメで「太平洋戦
終戦時、陸軍大臣だった阿南惟幾大将は降伏反対の陸軍の代表者だったにもかかわらず、なぜポツダム宣言の受諾に同意したのですか? それに鈴木内閣は阿南が辞表を出して、後任を出すことを拒めば、倒閣になるわけですが、阿南はその素振りも見せていません。
日本は太平洋戦争でどうして勝ち目のない戦争に挑んだのか、避けることはできなかったのか というような質問がこのカテでも過去に何件かありました。そして、比較的多くの回答がつく傾向にありますが、決まって大半は反論的な回答です。どうしででしょうか?
三船敏郎扮する阿南陸軍大臣が御前会議でポツダム宣言受諾決定したあと、鈴木貫太郎総理に歩み寄り会議でさんざん反対意見を述べたことに謝罪の言葉を述べ、郷土の食べ物を渡します。その食べ物は笹団子のように記憶していましたが