邪馬台国九州説は、どうしてこうも往生際が悪いのか。 邪馬台国九州説を唱える人たちは、どうしてこうも往生際が悪いんでしょうねぇ。 最近次々と発見された新証拠によって、邪馬台国は畿内説でもはや間違いないのです。 マキムク
キモです。 この説ならば、邪馬台国論争にまつわるさまざまな矛盾を解決できる、なかなかのアイデアではないでしょうか。 たとえば卑弥呼が九州のどこかの国の女王で、倭国共立王となってから、近畿にやってきてその宮殿の場所を
邪馬台国論争はなかなか決着しませんが 海底説というのはないでしょうか? すなわち地殻変動で沈んでしまったとか。 クレオパトラの都はアレキサンドリアの沖の海底 で発見されたそうですが。 私は有明海に沈んでると考えてます
大阪、京都に都を置いてます。 九州に都を置いたことはありません。 卑弥呼の墓も奈良が有力です。 邪馬台国は大和の初期の頃の国家なのですか?
事情がありどうしても以下のことが知りたいのです。 信憑性のある情報をお持ちの方、歴史・神話に詳しい方、分かりやすい言葉で根拠を添えて教えていただけると助かります! ●邪馬台国はどこだったか? 九州説、近畿説とあります
まったくの素人で素朴な疑問ですが。 九州説だとか近畿説だとか言われていますが、そもそも邪馬台国って本当に有ったのでしょうか?