西ローマ帝国滅亡後の直接的な原因としてゲルマン人の大移動があったとよく聞きますが、国が滅亡するということと直接結びつきません。 移動が滅亡ということはそこに住んでいた西ローマ帝国の人よりも多い人が移動してきたわけでも
西ローマ帝国がオドアケルにより、滅ぼされたとありますが、別に、皇帝がいなくなっただけで、西ローマ帝国全域をオドアケルが支配した訳では無いですよね? そもそも、西ローマ帝国に所属していた教会は西ローマが滅びたのにどうして
カール大帝による西ローマ帝国復興の 意義について300字程度で述べよ。 この記述問題が上手くまとめられなくて困っています。 前にここで聞いたらとても参考になったのでアドバイス もらえると嬉しいです。
などは理解しているつもりです。 又、ゲルマン人の国家によって西ローマ帝国が滅びたこと、 東ローマの皇帝に対抗するべく、教皇がフランク王国を支持したこと (カール大帝の戴冠による「西ローマ帝国の復活」) なども知ってはいるの
西ローマ帝国滅亡後のヨーロッパの流れについて、分かりやすい本があれば教えてください。 できれば新書などのコンパクトでまとまった本がいいです。
質問2つで恐縮です。 1.カール大帝が戴冠した西ローマ帝国の冠は、その後、誰のときまでかぶられて いたのでしょうか? フランク王国が分割した際、西・東・中フランク「王」国という 名前になっており、あれ、帝国じゃない
世界史の質問なのですが、フランスの王権伸長について勉強していたところ、ふと神聖ローマ帝国についてわからなくなってしまいました(汗 「イタリア戦争」ですが、これはイタリアが戦争に加わっているわけではなくて、イタリアの
東ローマ帝国のコンスタンチノープルが都市の大きさでローマを抜いたのはいつ?
西ローマ帝国の首都としてのローマはいつ、コンスタンチノープルに抜かれ、キリスト教圏最大の都の座を奪われたのでしょうか?