菅原道真公を左遷に追いやった人達(陰謀を企てたのは)で中心的な人物は誰と誰なんでしょうか?
先輩とランチをしていたところ、たまたま菅原道真の話題になりました。 会社に戻ってからネットで見てみると、大宰府やら大阪天満宮やら北野天満宮やら、道真が祭られている場所がこんなに多いのは、どういう理由なのでしょう
菅原道真は左遷されて怨霊になったそうですが、 それは左遷させた方のうしろめたい心理の反映でしょう。 菅原道真自身はどうおもっていたのでしょうか? 政敵をうらむ気持ちが強かったのでしょうか? 学問に秀でた人ですから
最近、レゲエ歌手の方で「菅原道真公」の末裔という方の曲がヒットしているようですね。「菅公」といえばもう1000年以上前の方ですよね。どうやったら末裔って分かるんでしょう? 彼女はどういう系譜で菅公の末裔というのか
菅原道真は藤原時平の讒言によって大宰府に流罪となり 死後、天変地異や疫病の流行がおこったのは菅公の怨霊の仕業だとされました。 菅公が雷神となって祟る様子は北野天神絵巻にも描かれており 菅公が怨霊であったことは疑いのない
菅原道真公の和歌と伝えられ、同一と思われる次の和歌の二通りの表現に出くわしました。 「心だに誠の道にかないなば 祈らずとても神や守らん」 「心だに誠の道にたがいなば 祈らずとても神や守らん」 上の「かないなば」と
「こちふかばにほひおこせよ梅の花あるじなしとて春をわするな」(菅原道真 拾遺和歌集) 「東風(こち)吹かば匂ひおこせよ梅の花 主(あるじ)なしとて春な忘れそ」 この歌の最後が違うんですが、どちらが正しいのでしょうか