司馬遼太郎さんの“竜馬が行く”を夢中で読み終え寂寥感に浸っております。 “竜馬が行く”を読み大政奉還までの流れがある程度わかったのですが、 その後の、鳥羽伏見から五稜郭、明治政府樹立までの流れを夢中で読ませてもらえる小説を探しています。西郷
海軍軍縮をした民政党を恨むのならわかる。 ところが民政党を倒して政権交代した 政友会の犬養毅が暗殺される理由が解せません。 「とばっちり」という回答ではなく なぜ殺したのか、その理由を教えてください。
枢密院がもっとも力を誇っていたのは何内閣のときでしょうか?若槻内閣?
昭和初期の日本においてなぜ軍部が政治の主導権を握るという事態が生じたのですか? その原因として考えられる制度および事件について教えてください。 詳しく説明してくださるとうれしいです。
走り書きを見てみると、枢密院 内閣 国務が統帥を従属させることに失敗、薩長土肥のもの以外で内閣が占められても貴族院、枢密院でチェックできるようにする 1912 明治天皇→大正天皇 陸軍が国務をおさえつけた 明治憲法下では権力
皆さんこんにちは。 海軍は当初、三国同盟に猛反対していたと聞いています。 しかし最終的には、海軍も賛成したので三国同盟は 締結されたと思います。 ではなぜ、海軍は気が変わり三国同盟に賛成する ようになったのでしょうか? よろしくお願い
大日本帝国憲法の政治機構(見かけの)外見的、権力分立制といわれるのはなんでですか?
戦後、様々な政党が乱立し、現在のような状況になっています。 様々な主張があって、この日本が良き方向に修正されるのなら、ある意味良いとは、思います。 しかし、人として生きていく中で、原理原則を逸脱した主張を容認することは、自分たちの住む国の
首都を攻撃・占領しても「事変」といえるのでしょうか。 交戦国の政府を壊滅させようとしているのでから立派な「戦争」だと思うのですが。