日清戦争の戦後処理(講和という)ことで欽差大臣(全権大使)として日本にこられた、李 鴻章さんが瀬戸内海らしいのですが、これを見て「日本にも大きな河があるな」ともらしたとの逸話を聞いています。 【お教えいただきたい
李は「イ」と読むと聞きますが、 例えば日清戦争の頃の李鴻章は「りこうしょう」で、韓国読みでも「リー・ホンチャン」で「リ」ですよね。 どちらでも読む場合があるのでしょうか?
下関条約の交渉中に、海千山千の李鴻章は日本人の暴漢に襲われ大怪我を負ってしまいましたが、この事件がその後の交渉内容に与えた影響を教えてください。 李鴻章はこの事件を交渉にどのように利用したのでしょうか。
露清密約〔1896年〕の時のロシア外相は誰ですか また、何のための密約ですか教えてください
19世紀、日本は視察・留学・万博のため西洋に人を送っていますが、日本以外のアジアの独立国はどうだったのでしょうか?
李氏朝鮮をめぐって日本と清とロシアが駆け引きをしているころ、 「ロシアは朝鮮を植民地化するつもりはない」と確約した協定がロシア-イギリス間で結ばれていたらしいです。 このあたりの詳細な情報をおしえてください