旧制女学校について調べています。 いままで十分な学資と本人の意志さえあれば、だれでも進学は可能なのだと思っていました。 しかし母の知り合いに伺った所、「入試がむずかしくて入れなかった。周囲にもそういった方が何人かいる
できたのか。 2. 逆に、例えば東京商科大学の予科から、帝国大学に無試験で進学できたのか。高等師範学校や高等専門学校の出身者でも、「試験を受ければ」帝国大学に進学できたのは存じておりますが。 3. 北大予科、京城帝大
戦前の日本では、 旧制中学を卒業すれば大学に行けたのでしょうか? 高校の立場はどうなりますか? よろしくお願いします。
さんのように、高等女学校卒業後に専門学校等でさらに学んだ女性でなければ、受験資格は無かったのでしょうか? 高等女学校を卒業した女性と、旧制高等学校を卒業した男性とでは、前者(女性)の方が、年齢が2歳くらい若いから、高等
学校制度、旧学制について質問なんですが、 旧制の大学、特に私学(官立にもあったかは?ですが)にあった、 専門部って、今の制度でいうとどこにあたるんでしょうか? 旧制では予科もあって学部もあって、尚且つ専門部
戦前の旧制中学では卒業時点(18歳前後)で英単語は1万1千くらいは要求されたらしいじゃないですか? 戦前の英語教科書の単語数が通算それくらいだそうですが。 今は3千以下ですか?あまりにも少なすぎじゃないですか? 3千
取り急ぎ、宇部高等専門学校と宇部工業専門学校が別の学校なのかを教えてください。検索エンジンで検索してみると、宇部高等専門学校と表示があるものが宇部工業専門学校のページのようで、はっきりしたことがわかりません。よろしく
こんにちは。 昔の学校の呼び方を教えていただけないでしょうか。 たとえば、よく本などを読んでいて、著者略歴の中に、 「旧制第一高等学校(現在の東京大学)卒業」 などと書いてあります。そのような呼び方がよくわからない
共通一次前の入試制度について教えてください。 どのような判断基準で分けられたのでしょうか。 例えば、なぜ旧制松本高校からうまれた信州大学が二期で、旧制新潟高校を母体にした新潟大学が一期なのでしょうか。設立の歴史からいえ