キリスト教的な運命論は、すべては神の意志である、というものだと思うのですが、そうではない、科学による運命論は体系として存在するのですか? つまり、今の世界をすべて科学的に解析できるとして、人間の脳も細胞の集まりだから自分が無意識にやっている
Klein-Gordon場の相対論的な因果律を破らないためには、光円錐の外で [Φ(x),Φ(y)]=0 となることが必要であることはわかったのですが、その証明がわかりません。 まず(x-y)→-(x-y)というロー
因果律とは、原因と結果という、時間の順序のことであり、原因と結果が同時であっては矛盾ということになる。 このように、因果律とは、時間の順序そのものということであるが、それを空間的に捉えた場合。 例えば、電子、陽子
、この[因果律という]規則が厳密に普遍的なものであるという概念が明らかに含まれているのである。』 (ど)素人目には、ひとつの命題に対して「A-純粋命題ではない」「B-純粋命題である」と、異なる記述がなされているような印象を
から必要とし因果律が無限に続いてしまい、宇宙の真理を解明するのは不可能なのだ。 しかしここで、エネルギー保存の法則というのが有る、エネルギーは自身で運動出来、増えもしないし、消えもしない、まるでエネルギーは、それより下に
カントが、経験に依存しないアプリオリな認識の実例として挙げているのは、 「時間」「空間」「因果律」などですよね。 しかし、私には、過去から未来へ連続的に流れる時間が実在するという認識も、 3次元的な連続的な空間が実在