カテ違いご容赦。 歴史的価値がありそうな資料が見つかった時のニュースで、 「○○の書簡が昨日発見された」という見出しの後、 「これらは1年前○○家の土蔵から見つかった物」とよく続きます。 どうにもこの表現方法に違和感を覚えるのですが、 間違
歴史の授業で従軍慰安婦に興味をもちました。そこで、吉見義明さんという大学教授がこの問題の最高権威だと教わりました。でも、この人は自分の考えに証拠はないともテレビで言ったらしいのですが、だったら何でそんな人が最高権威でいられるのですか?そもそ
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%82%BA%E3%83%A0%E5%AE%A3%E8%A8%80S
(1)あかねさす 紫野行き標野(しめの)行き 野守は見ずや 君が袖振る(額田王) 天智七年(668)五月五日、天智天智は蒲生野で大海人皇子(のちの天武天皇)・中臣鎌足など群臣を率いて薬狩りを行いました。 そのときに額田王が詠んだ歌ですね。
下の一節はある英語の大学入試に出された英文の和訳です。 お教えいただきたいのは、下の第2段落に2箇所出てくる ” scholars of historical method”のイメージについてです。この ”historical metho
歴史には、自然科学における「普遍的法則」のようなものは存在するのでしょうか?
橋本惠氏の『イワクロ.COM~岩畔豪雄(いわくろひでお)と日米諒解案~』(↓) http://www.iwakuro.com/index.html は偶然見つけたサイト(オンライン書籍)でしたが、史実を丹念に調べ上げている力作だと思われます
手取川の合戦で大勝した、ということは、信長公記に記載されていないようです。また、本願寺書状には、上杉は御敵なれど、とあります。よって、上杉家と本願寺は講和して事実はないし、北陸に出兵した、というのは捏造のようです。 また、能登=畠山氏、加
歴史学習は、知識・理解偏重ではいけない。自ら学ぶ意欲・思考力・判断力を育む事こそが重要である(ただし特定の歴史観を押しつけることなしに)と言われて久しく、私も異論はありません。しかし、まず大学受験が知識量を求めるという現状の問題もあります