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世界対戦が始まる前から、天皇は神的存在だったの?

第二次世界大戦中は、 天皇陛下が神の様な扱いをされて 「天皇陛下万歳」 と言って死んでいった人が今したが、 世界対戦が始まる前から、天皇は神的存在だったのでしょうか? 明治や大正時代も、「天皇陛下万歳」という言葉はあったのでしょうか? 言ってたのでしょうか?

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noname#224207
noname#224207
回答No.6

>世界対戦が始まる前から、天皇は神的存在だったのでしょうか? 天皇に神格がある、という考え方は万葉集の時代からありました。 柿本人麻呂などが歌を残しています。 ただし、第二次世界大戦当時のように一般には普及していませんでした。 明治33年(1900年)ごろから昭和10年(1935年)に東大教授で貴族議員であった美濃部 達吉が国会で糾弾されるまでの間は、天皇は統治上の一つの機関に過ぎないといういわゆる天皇機関説が学会の常識でした。 官僚の登竜門とされる高等文官試験にもこの学説は使われていました。 大日本帝国憲法では「大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之ヲ統治ス」とされていましたが、日清戦争や日露戦争に従軍した兵士は士官を含めて第二次世界大戦当時のように天皇の為に戦うという考えは持っていませんでした。 一方明治政府はそれまで政界に隠然たる勢力を持っていた仏教を排除するために国家神道と呼ばれる考え方を創出しました。 国家神道では天皇は神話の世界の神様の子孫であるとしていました。 寺子屋などという言葉がありますように、お寺は地区の一種のカルチャーセンターの役割を果たしていたこともあり、これを普及させようと試みましたが普及しませんでした。 国家神道の考え方が、従来村落で大切にされていた神社に対する考え方とは違っていたことも普及に失敗した原因の一つです。 昭和10年に入り日本を取り巻く世界情勢が緊迫してきて、これを乗り越えるために軍部が台頭してきました、 この軍事政権が、国論の統一が不可欠と考えて、その手段として国家神道の徹底を図りました。 >明治や大正時代も、「天皇陛下万歳」という言葉はあったのでしょうか? 言葉そのものはありました。 万歳というのは古代中国の時代からあったことばです。 時の皇帝などの長寿を祝う言葉でした。 千歳とか万歳とかありました。 万歳を「ばんざい」と唱和するまでは、色々な発音がありました。 天皇に向かっては奉賀と唱えてはどうかという案もありました。 >言ってたのでしょうか? 天皇に向かって兵士が万歳と言ったのは明治22年が初めとされています。 通常の皇室行事などでは唱えられていました。 天皇がいない戦場で下級兵士までが突撃の際に唱えろ、などということは第二次世界大戦当時のことです。 軍歌などで奨励しました。 日露戦争の戦場の情景を歌った「戦友」には一言も出てきません。 実はこの「戦友」も敗色が濃くなった第二次世界大戦中期以降は歌うことが禁止されていました。

DECULRUOTYNA
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  • jkpawapuro
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回答No.8

天皇神格化とは大化の改新のときなされたことです。 大化の改新は曽我氏を滅ぼしたと思われがちですが、それだけではありません。 諸豪族の盟主だった大和朝廷が、諸豪族の土地をとりあげすべての土地を朝廷の直轄地としました。(公地公民制) そのとき支配の正当性をねつ造するために、天皇家の神話を集め(日本書紀)編纂し天皇の神格化をしました。 明治維新の当初の形はこの大化の改新により作られた時代、奈良時代・平安時代の天皇支配の形に戻す、そういった建前のもと行われています。 よって大化の改新以後天皇は神聖ですが、明治維新直後は特にそれを普及させています。 その後列強各国を研究した伊藤博文はじめ維新の元勲は、国民みずからが国民としての自覚を持ち進んで徴兵に応募し国民兵として戦える国でないと、列強の時代は生き残れないということを学びます。そのへんを悩みながら折衷して作られたのが大日本帝国憲法で、神聖にして犯すべからずの天皇が立憲君主として君臨するという不思議な憲法、不思議な国体が形成されていったのが戦前の日本です。 まあ天皇の神聖にも時代によって差があり、デモクラシーの強い時代は天皇機関説なんてのが飛び出しますし、軍事色が強い時代は天皇の神格化が強められます。

DECULRUOTYNA
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  • D-Gabacho
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回答No.7

まあ、神的存在ということばを広い意味でとらえるなら、明治・大正どころか江戸時代以前の天皇もそうだといえると思います。でなければとっくに滅ぼされてます。

DECULRUOTYNA
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  • hekiyu
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回答No.5

世界対戦が始まる前から、天皇は神的存在だったのでしょうか?   ↑ 天皇というのは、本来は神主の親分みたいな もので、西洋でいう法王に近い存在でした。 それが明治維新になって、欧米列強からの侵略に 対抗するため、天皇を神格化して、天皇の下、国民を一致 団結させようとしたのです。 ということで、明治や大正時代も、天皇は神格化 されていました。

DECULRUOTYNA
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回答No.4

そうですよ 大日本帝国憲法で「天皇は神聖にして侵すべからず」と1条にあります そこから戦争が終わるまで天皇は神(現人神=人でありながら神を超えた存在)とされていました 戦後に「新日本建国に関する証書」いわゆる「人間宣言」が出て これで晴れて天皇も人間である となったのです

DECULRUOTYNA
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  • eroero4649
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回答No.3

明治維新になってですね、明治政府の頭を悩ませた、ささやかで重大な問題があったのです。 それは何かというと、「兵士の忠誠の対象をどうするか」って問題だったのです。欧米の近代国家は市民革命なんかでできているから、国家に対して「自分たちで作った国だ」という意識が強いのです。スペインの植民地から独立したオランダとか、革命で政府を作ったフランスとか、市民レベルからの独立戦争で国を作ったアメリカなんかそうなんですね。 しかし、日本の明治維新は市民革命じゃないから、徴兵した兵士たちが「何が何でも国を守ろう」という意識がないのですね。それどころか、「日本国」という意識さえなかったのです。当時の一般人、これは武士階級から町人農民までもそうだったのですが、一般的な人々の「我が国」とはそれぞれ郷土の藩のことを指していたのです。明治政府としては、藩ではちと困るのです。日本国に対して忠誠心を持って欲しい。 そこでそのアイドル(偶像)となったのが天皇だったのです。江戸時代の人々は「お殿様」に対する忠誠心はとても高かったんですね。で、小学校で子供たちを教育して「これからは国のために、という時代なんだよ」と教えていくわけですが、しかしこれは非常に時間がかかる。しかし近代軍を早く作らなくてはいけない、という事情でお殿様の代わりとしてのアイドルとしての天皇像というのが作られていったのです。「新しいお殿様は、こちらの人だ」とやるほうが話が早くて人々の理解を得られやすかったのです。 で、「万歳」という言葉なのですが、これも明治以降に作られた言葉なのです。いわゆる「万歳三唱」から始まったのですが、これ、最初は喜びを表す言葉である「奉加」にしようとしたのです。しかし奉加三唱だと「ほうがぁー、ほうがー、あほぅがぁー」となってしまってちょっと都合が悪い。そこで「万歳」という言葉が作られたんですね。どっかの国の「マンセー」は日本語から来てるはずですよ、たぶん。 確か天皇誕生日を祝う言葉として万歳三唱が明治末期か大正初期くらいから始まったと思います。そもそもが万歳という言葉そのものが天皇を祝う言葉として採用されたわけですから、「天皇陛下」と「万歳」は本来セットで用いる言葉だということになろうかと思いますね。やがてそれが天皇陛下だけではなくていろんな場面で喜びを表す言葉として普及していったのだと思います。

DECULRUOTYNA
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  • mm058114
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回答No.2

民衆にとって、既に日露戦争の頃には特別な存在となっています。 『バンザイ三昌』をするのは、明治以前、江戸期からの日本人の特性です。 当然、明治期に既に、『バンザイ』と『天皇陛下』を繋げて唱和することはあったでしょう。 天皇の神格化は、明治天皇の時にすでに起きています。 陸軍の八甲田山遭難の時には、既に小銃が天皇から借りた兵器という、 遭難しても尚、意識が存在しています。 日露戦争中に、戦場でも皇居遥拝は行われていました。 また、乃木大将の殉死もそうです。 明治期の陸海軍の将軍達は、しばしば天皇と昼食を共にしています。 まだ、将官の人数が少なかった事もありますが、全員が招待されています。 宮中席次の高い者にとっては、天皇は近い存在でありましたが、 しかし、崇める絶対的な存在でありました。 日露戦争時の都会の民衆にあっては、既に神格化ありました。 民衆に神格化が変な方向に進んで行ったのは、昭和に軍部が政治に関与し始めた頃からです。 陸軍が『皇軍』と言う言葉を使い始めた頃です。

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  • nekosuke16
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回答No.1

「万歳」という言葉の起源が、明治天皇にあったと記憶しておりますが、その時点で、明治天皇が神的存在だったかというと、少し違うように思います。 たしか、大久保利通が、江戸幕府から維新以降に至る時代、新たな日本という国造りの中で、それ以前には民衆に殆ど意識されることのなかった天皇を国家の中心に据え、それを天下に印象付けるべく、初めて天皇による直接的な全国巡行を行った。 江戸幕府創立以来、260年もの長きに亘り京都に押し込められてきた天皇が、再び時代の脚光を浴びる契機となったのが維新ですが、それまでの経緯を含めて天皇という存在は民衆にとっては「分からない存在」だったのではないでしょうか? そうした意味では、大久保が天皇の全国巡行を計画実行し、その存在を初めて民衆に明らかにしたとするならば、この段階でも「神的存在」とは程遠いものと思います。 また、時代が流れ、日清戦争、日露戦争を経て、日本人の心の中に次第に天皇というものの存在が肥大化し、日中戦争から太平洋戦争に至る時期において最大化する。しかし、そこまで肥大化して尚、天皇の存在は「神的存在」というよりも、むしろ、精神的な主柱としての存在ではなかったのかなという風に考えます。 そういう意味でも、「天皇陛下万歳」は、特攻を含めて、国の為に死に逝く者たちが千人針を腹に巻き、最後の叫びとして、自然に発せられた言葉でしかなかったのではないでしょうか?

DECULRUOTYNA
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