解決済みの質問
祭壇の専門家です。
一、人は悲しいことがあったときはいろいろ忙しいことをして、
一時に悲しさを忘れなくてはなりません。
そんなときにお葬式が必要なんですが、それのやりかたを教えてくれる良いお人です。
一、人が無くなったとき、周知しなくてはなりません。
そんなときの儀式をして知らしめる分けですが、その方式の最後に祈ってくれる方です。
一、死者はそのまま捨て置くわけにはいきません。それはさびしいことなのです。
かといって、それを自分ちに保持しておくわけにもいきません。
そんなとき、お墓に埋めてあげるわけですが、それを番してくれる方です。
または、祈りをささげてくれる方です。
ようは、故人をしのぶ方法の統一をしてくれる方なのです。
人は普段の生活に関連の無いことが起きたとき迷うのですが、
そんなときに他人のやり方に従えばよいわけで、そんなわけで宗教があるわけです。
その宗教の教えを身に付けている専門家たちなのです。
投稿日時 - 2001-06-15 09:48:56
お礼
どうもありがとうございました、なっとくできませんが大変参考になりました。
投稿日時 - 2001-06-15 21:11:14
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ベストアンサー以外の回答(2件中 1~2件目)
大昔は、仏教の僧侶は人が亡くなった際の葬儀には関与していなかったと聞いた事があります。
現在は、葬儀や法事がお坊さんの仕事(?)の中心となってしまっているようですが、宗派によって、例えば密教の修験者と呼ばれるお坊さんは、現世利益を願い、今、この世に生きている人々の悩みの相談にのり、お経をあげてくださったり、お護摩をたいて下さったりします。
先祖供養をはじめ、亡き人々の霊を弔おうとする、この世に生きる人々の心の手助けをして下さり、また、生きる上での精神的な指針を、あるべき道に導いて下さるのが社会におけるお坊さんの役目だと思います。
・・・で、社会にとって何か?ということになると、わたしの主観が入りますが、精神の動物である人間達にとって上記の事は、非常に重要なことであり、必要不可欠な存在だと思います。
・・・もっとも、最近は法外な金額の戒名料を要求したり、かなり俗っぽい生活を送る、「自称・僧侶」のビジネスマンも多くいるようですが。
投稿日時 - 2001-06-15 10:27:59
お礼
どうもありがとうございました。確かに今突然日本中の坊さんがいなくなったら戸惑う人もたくさんいると思いますが、それほど重要なものとも思えません。
投稿日時 - 2001-06-15 21:24:47