仏教のお経の意味について

このQ&Aのポイント
  • 仏教のお経は遥かインドの方から来てるんですよね? 日本のお坊さんが本格的にお経を読んでいるようでありがたいようでいて、実は漢字を日本語で「しきそくぜくう」と読んでいるだけなんです。
  • 中国のお坊さんは「スージーシーコン」と読むんです。これが本当のお経なのか? どうやらこの中国語でさえも サンスクリット語だかヒンドゥー語だか、なんだか知らないですが、それに漢字を当て字したものらしいですよね。
  • 当て字したような漢字が流れ流れて日本に来てなぜこうまでに一文字一文字ありがたい意味を持っているのでしょう。色とか空という漢字の意味自体がこのお経が出どころで意味がついてきたことなのでしょうか?
回答を見る
  • ベストアンサー

仏教のお経の意味について

仏教のお経は遥かインドの方から来てるんですよね? と言いますのは、般若心経ぐらいしか知りませんが、色即是空 といった文面には日本語の深い意味がついています。でも、これはもとは中国から来た中国語です。 だから日本のお坊さんが本格的にお経を読んでいるようでありがたいようでいて、実は漢字を日本語で「しきそくぜくう」と読んでいるだけなんです。 中国のお坊さんは「スージーシーコン」と読むんです。これが本当の(耳で聞く意味で)お経なのか? いえ。 どうやらこの中国語でさえも サンスクリット語だかヒンドゥー語だか、なんだか知らないですが、それに漢字を当て字したものらしいですよね。 当て字したような漢字が流れ流れて日本に来てなぜこうまでに一文字一文字ありがたい意味を持っているのでしょう。 でないとすれば、色とか空という漢字の意味自体がこのお経が出どころで意味がついてきたことなのでしょうか?

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • akiye2
  • ベストアンサー率27% (160/573)
回答No.2

私は浄土真宗門徒で幼少より寺で読経を習い、文字と音が一体化され身体に染み付いてます。 大まかに言うと、サンスクリット語経典を中国で中国語に翻訳し、 それを日本で音読みし漢文として経典の持つ意味を理解しようとしてます。 日本語に翻訳しては経典の本質が理解できなくなるからです。 経典に限らず漢詩も原文で味わってる日本人は素晴らしいと思う。 他国なら母国語に翻訳してしまう。 >どうやらこの中国語でさえも サンスクリット語だかヒンドゥー語だか、なんだか知らないですが、それに漢字を当て字したものらしいですよね。 当て字ではありません。サンスクリット語経典を本質を損なわないように苦労して中国語に翻訳したのです。 ですから、 「当て字したような漢字が流れ流れて日本に来てなぜこうまでに一文字一文字ありがたい意味を持っているのでしょう。 でないとすれば、色とか空という漢字の意味自体がこのお経が出どころで意味がついてきたことなのでしょうか?」 の答えは上記となります。 経典は人生の教科書です。ただありがたいだけでなく、教えを人生に活かす事が大切なのです。 経典は私たち一人一人に贈られたブッダのメッセージなのです。

pluto1991
質問者

補足

少し勘違いをしていました。 ギャーテーギャーテー、ハーラギャーテー というマントラ(?)のくだりは、中国人が中国語で読んでもほぼ同じ発音なんです。 ガテガテハラガテ、ボジソカ というように聞こえます。 日本語じゃないんですかね?たしかにあの部分て漢字に意味が無いですね。

その他の回答 (2)

  • akiye2
  • ベストアンサー率27% (160/573)
回答No.3

現代日本においても翻訳するとよけいに分からなくなるものは、音を片仮名にして使いますよね。 サンスクリット語経典を中国語にすると本質を失うものは音を漢字で表現する場合もある。 サンスクリット語経典でブッダのが使っていたバーリー語をサンスクリット文字で表現したものは、翻訳できなかった場合もある。

pluto1991
質問者

お礼

ありがとうございます。

  • cearnly
  • ベストアンサー率85% (48/56)
回答No.1

  「色即是空」の原文は「色即是空,空即是色,色不异空,空不异色」   「色即是空」、字面そのままによって理解したら、多くの人が悪い意味に考えた、少なく中国でたくさんの若者はそう思ってる、いつも冗談な言葉で口にした。例え悪くはないとしても、本物の意味も分からない。なにしろ、それは仏教の言葉です。   「色即是空」の「色」は「色理」、つまり物质(现象)世界ようなもの、物理に所属する;「空」是变化、运动の意思,「空界」or「空法界」そのものです。即ち「真如界」,空理に所属する,真际や真实界と同じものです、真理だ。   「色即是空,空即是色,色不异空,空不异色」は、物質の・現象のが見えるように静止ではない、運動と変化もしているはずです。逆に運動してるの、、変化してるのもきっと静止しているように見える、両者は、表情の両面だ。   ps:「色即是空,空即是色,色不异空,空不异色」の解釈は個人の理解です、下記の中国語の仏教《心经》より翻訳しただけだ、まだ日本語が下手なので、ご参考になればよいです。    物质的、现象的一定是运动的、变化的,运动的、变化的一定是物质的、现象的。两者是一回事的两面。精神现象也一样。   実は、この解釈を見て、「色即是空,空即是色,色不异空,空不异色」は今の言葉で、「分子はひっきりなしに無規則運動をしている」と同じじゃないか。ほら、カップ中の水のように静止しているが、実際に水分子の間には運動している。私はそう考えだ。では、以上は私の見解です、でも、参考だけよ(笑)

参考URL:
http://baike.so.com/doc/1217448-1287779.html
pluto1991
質問者

お礼

ありがとうございます。 >>「色即是空」、字面そのままによって理解したら、多くの人が悪い意味に考えた 色はエッチという意味で日本でも中国と同じことですよ。 でも、それではこの「空」はなんですか?  蒼井空 老師のことですか?

関連するQ&A

  • 「般若心経」や「法華経」の作者は?

    仏教では、「般若心経」や「法華経」とかの経典の名前をよく聞きますが耳にしますが、これらの経典はいつ頃どこでつくられたのでしょうか? またその作者や翻訳者は明確にわかっているのでしょうか? お経は、サンスクリット語あるいはパーリ語を耳で聴き、聴いたままの音を中国人が漢字に当てはめただけのものや、その文脈を理解した上中国語に翻訳したものがあると聞きました。 「般若心経」や「法華経」も同じことが言えますか?

  • 般若心経 の色即是空、空即是色を唱えた人は誰ですか

    般若心経 の色即是空、空即是色を唱えた人は誰ですか? 般若心経を書いたのは誰ですか? 色即是空、空即是色の意味はどう捉えていますか?

  • 般若心経は間違い?

    スマナサーラさんの『般若心経は間違い?』という本を読みました。 彼が言うには、「色即是空、空即是色」という部分で、空は色の上位概念であり色即是空は正しいが、空即是色は正しくないというのです。例えば、「みかんは果物です。」は正しいけど、「果物はみかんです」は正しくないのと同じだと。もし、「色即是空、空即是色」が成り立つなら空=色となり、わざわざ別の単語を使う意味がないではないかと。 この経典の著者は空を正しく理解していないとのことです。 皆さんはどう思われますか? それから、この本とははなれますが、こんな説があります。サンスクリット語で書かれたこの経典の世界最古のものは7世紀の法隆寺のものです。カナダ人の学者が、この経典は中国人が作った偽経をあとの時代になってサンスクリット語に逆翻訳したものではないかと言っています。

  • 密教と般若心経

    密教と般若心経は、どう違うのでしょうか?? 唱えるお経が違うのは知っていますが、まったく別なのでしょうか? 密教で有名なのは空海だと思いますが、般若心経の「空」との関連性はないのでしょうか(色即是空)? もしそうだとしたら、般若心経の開祖は誰でしょうか? ちなみに四国の八十八遍路は、空海ではないのでしょうか? かなり的外れな質問だったら、すみません・・。

  • お経を中国語で読むと

    日本では漢訳大蔵経の各種のお経が読まれていますが、中国語読みの発音では お経がどのように聞こえるのか知りたくて投稿しました。 (1)南無妙法蓮華経 (2)南無阿弥陀仏 (3)般若心経 カタカナで中国語の読みかたを教えて下さい よろしくお願いします

  • 大悲心陀羅尼の意味は?

    大悲心陀羅尼のもともとのサンスクリットの文章全体の意味、訳 を教えてください。 そして分かる人だけでいいのですが、 どうして、般若心経や法華経や阿弥陀経は大部分が古代中国語に訳されているのにこの大悲心陀羅尼は全く訳されなかったのでしょうか?しいて訳さないままにしたという理由が分かりません。 どうしてあえて訳さずマントラとして内容を長い間封印したんでしょうか?

  • 般若心経について

    サンスクリットの般若心経を聞きましたが、 日本語の般若心経とまったく異なるので不思議な感じでした。 日本語の般若心経はサンスクリットの般若心経の 意訳でしょうか? それとも音訳でしょうか? よろしくお願いします。

  • お経

    臨済宗妙心寺派なのですがお彼岸、お盆、法事などの時にお坊さんにお経をあげて頂いているのですが、臨済宗のお経の本を見ながら「今どのお経をあげているのか?」と思いながら探しているのですがわかりません。開経偈、般若心経、大悲咒、四弘誓願文、坐禅和讚などいろいろたくさんのお経が本に書いてありますがお彼岸、お盆、法事などの時に読むお経は決まっているのでしょうか? 同じ時(たとえばお彼岸)でも家に来るお坊さんによって読むお経が違うように思う時もあるのですが 決まっているのであればそれぞれの時に(お彼岸、お盆、法事などの時)読むお経の名前と順番を教えて欲しいのですがよろしいですか? お願いします。  それと私の父がなくなってから毎日母と一緒に般若心経、舎利らい文、延命十句観音経、坐禅和讚を仏壇の前で呼んでました。これだけお経をあげないとだめなのでしょうか? 般若心経だけでもよいのでしょうか? またお墓参りに行った時にはこの4つのお経を読んでも良いのでしょうか? それとも他の(何の)お経を読めば良いのでしょうか? 教えて下さい。

  • 仏教のお経や、神道の祝詞はなぜ分かりにくいのか。

    神道の祝詞は、上代日本語がもとになっていると思いますが、当時の発音に合わせるならは、ぱふぁぱふぇぱ(適当)みたいな発音で読むべきです。 仏教のお経も意味がわかりません。般若心経は、漢文のように読むなら理解できないことはありませんが、意味を理解して唱えているのかすら疑問です。まして聞いている人は意味を理解していないでしょう。 それなら現代語訳で唱えたほうが、分かりやすくて良いと思うのですが、そういう考え方のお寺や神社はないのでしょうか。

  • お経 多分サンスクリットと中国語と思うのですが

     外国のテレビシリーズで中国のお坊さんが唱える お経なのですが、以下の2つ意味がわかる方 お教え下さい。 1)オンマネパドメオン (多分サンスクリットだと思うのですが) 2)アーミートゥーフー (多分、中国語で南無阿弥陀仏ではないかと思うのですが)