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共依存の良し悪し

ミュンヒハウゼン症候群に代表される様に、現在、我が国では集団における自己価値を高めるためにDVを初めとしたモラル・ハラスメントが大きくクローズアップされてきました。 フロイト派の結果論的な見方では、共依存は日本の教育下ではどうしても起こるでしょう。 アドラー派の目的論的な見方は、両者にそれがなければならないという、とても苦しい山を男も女も登らないとならない。 すなわち、それは男女関係が深くなるほど、相手は孤立した人間であること。自分の身体の一部ではないこと。 この日本には、この二つの考え方が変な形でミックスされ、余計にフロイト的な心理面が強く働き、心理面での本当の自立が困難であるように感じます。 自己啓発や心理学を学び自己を確立する事が、能動的である以上は仕方ない事なのかもしれません。しかし、何らかの支援はできると思います。皆様の意見をお寄せ下さい。

みんなの回答

noname#200434
noname#200434
回答No.3

単語の意味や内容ではなく、文章が解りにくいです。 文脈がどこにつながってるのか解りませんし、内容とタイトルもズレています。 〉何らかの支援はできると思います。 誰に対しての、何のための支援ですか? 共依存症者ですか? 教育をする側ですか? 心理学や自己啓発を通して自己の確立に取り組んでる人ですか? 私は個人的に、フロイトの結果論的な見方も、アドラー派の目的論的な見方も、重視していません。 実際、支援の場(症状回復へのアプローチ)では、こういった理論はあまり役に立ちません。 もちろん「気づく」という点では理論も有効ですが、回復には、その先が必要です。 「支援」という点で言うならば、どの心理療法を用いて、いかに改善に取り組むかの方がよっぽど重要になってきます。 私は、共依存の方に対しては、感情面はゲシュタルト療法、行動面は行動療法、また、自己肯定感を高めるために絵画療法なども並行して行っています。 場合によっては、交流分析(ゲーム分析、脚本分析)からのアプローチを試みることもあります。 取り組む方法は、他にも色々あります。 また、教育(共依存の知識や認識を広める活動)に関しては、アダルトチルドレンやインナーチャイルドの理論を用いたセミナーやワークショップなど、地道な活動をされている方もたくさんいますよ。 共依存の苦しさは、日々の生活にとても密着しています。 男女間だけでなく、親子間でも起こります。 子供の頃の親や養育者との関わりに起因していますので、回復には少なからず痛みが伴います。 そして、長く時間がかかる取り組みです。 支援は、本人が効果を実感できなければ何の意味もありません。 知識や技術だけでなく、信頼関係も重要です。

mugen93s
質問者

お礼

分かり辛い文章はその通りですね。 その分かり辛い文章なりにご自分の解釈をされて 返答して頂きありがとうございました。 1:人間は分解された存在か? 少し分からないのは、治療家は個人に対して 感情面、行動面、自己肯定感と問題点を分解して考えます。 しかし、実際に人間は全て統合されたものではないでしょうか? 感情、行動、自己肯定感も「今」という時間軸の中では 分解されたものではなく、統合された状態で存在しているのではないでしょうか? ゲシュタルト療法も「今」という時間軸に患者の「過去」という執着から 時間を進める点ではアドラー心理学とも共通しているかもしれません。 ユングでいう内向・外向という考え方とも共通しているのでしょうか。 しかし、人間は感情、行動、自己肯定(自己評価)を含めて、 分解された存在ではないと私は考えています。 私は、回答者の先人の教えにのっとっり厚生労働省の教育基準(美徳支配教育)を クリアした治療法を否定するわけではありません。 回答者はそれを良いと、仕事と割り切っているのでしょうから。 それでも、私は共依存者が理論を知らなければ、 患者は再び共依存を再発すると考えています。 回答者の治療家の立場からは再発予防は必要ない。 回答者は、今の時点ではそう思われるかもしれない。 しかし、私は今後の日本において共依存の再発予防こそ この国に必要になると訴えたいのです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 2:なぜ理論は必要なのか? そのため、私は支援に理論は必要であると考えます。 なぜなら、先人(ゲシュタルト含む)はその時代に適した治療法を開発した。 その治療法がこの時代にマッチしているとはとても考えられないからです。 今日の情報過多な時代では、共依存は必ず再発する可能性が高いからです。 回答者は、最後に共依存について説明されております。 質問者の立場からこの点に補足させてもらいます。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 3.ミュンハウゼン症候群とは?共依存とは? ミュンハウゼン症候群に代表されるように 共依存関係はどんな人間にも起こり得ます。 「協調性」を重視した日本教育では、 親子関係、恋人関係、友達関係に べったり感が必要と感じるからです。 この「必要と感じる」感覚こそ、我々の日本人が小学~高校までの 一貫した教育の中で徹底して洗脳されてきた無意識の教育。 少し分かり辛いので例を出しましょう。 ある家庭では「お前は出来の悪い子供だ」と母親は子供を叱りつけます。 この母親は「あの子は出来が悪いから私は苦労するのよ」と 近所や職場に言い周ります。 そうすることで、母親は社会のなかでの自分の価値をあげるのです。 この母親は近所や社会的な場で「自己価値」をあげる (周囲からの同情、励ましなど)ために子供の成績が悪い必要があるからです。 そうすることで、周囲から応援してもらえるから仕事や家庭もがんばれる。 人の能力を落とす方法の一つに「叱る・怒る」が挙げられます。 そして、アドラー心理学の立場からは、このような感情は引き出し可能な道具と言われています。 つまり、この母親は子供を徹底的に叱りつけることで成績を下げさせ、 そして、テスト前などには無意識でも徹底して遊ばせるのです。 こうすることで、子供は人格を歪まされ、 「愛している」と言われながら実際は、 利用されている共依存関係を築くのです。 これが子供も母親も共依存となる典型例でしょう。 そして、これが日本的な「甘えの構造」。 反対に、この協調性(迎合)教育から阻害されたものには 誹謗中傷し、仲間外れなどの集団心理を働かせやすくします。 また、集団から外れること、あるいは集団の中で一番になること など(優越感と劣等感)が日本の古くからある習慣的集団心理です。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 4:共依存=イジメなのか? そのため、イジメ(仲間外れ)の経験を持ったりすると、 対象者はとくに集団の中で自分が外れる事に怖れを抱きやすくなります。 支配者は、そのような人間は支配しやすいため この国の教育は徹底した「協調性」を貫いてきたのです。 私は以前に、このようなトピックを立てています http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8713463.html http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8718807.html また、下のトピックで回答し、今回のトピックを立てようと考えました。 http://oshiete.goo.ne.jp/qa/8716562.html ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 5:セミナーやワークショップでは間に合わない理由 あなたの言う通り、セミナーやワークショップなどを通じて、 共依存の教育知識を広めるのは一手あるのかもしれません。 しかし、広告業界などがネットやテレビで私達の無意識に刷り込んでいます。 ある脳神経学者が言っていましたが、1分で100万件もの情報が社会に溢れています。 それが、人間の欲求レベルに訴える情報です。 これは、社会心理学レベルで見た場合の人間の行動に深く関係しています。 人は、情報を得ようとしますが、情報を断とうとする行動はなかなかとれないからです。 その理由は情報を知っていないと仲間外れにされる事に似ています。 治療家の間でも言葉を知らないだけで、治療家の和から外すような風潮は無いでしょうか? 私はそれも日本的であると申し上げておきましょう。 徹底した協調性教育の前には、情報を断つという行動は高難易度かもしれません。 そして情報を得続け、自分を見失うのでは無いでしょうか? 現状では、情報戦においては圧倒的不利です。 私はこの見えない情報という戦いには、 何か別のアイデアが必要と感じています。 以上、長々と自分の意見を述べさせてもらいました。 ありがとうございます。

noname#202739
noname#202739
回答No.2

難しい専門用語は知らないけど。 供依存したい人はして、したくない人はしなきゃいいんじゃないですか。 ビジネス書でもとにかく自立や個を促している内容もあれば、 人格主義みたいに相互依存を薦めてる内容もある。 どっちも成功したんだから、その人にとっては正しい法則なのであって。 けっきょく読む側がどっちの生き方をしたいかによると思います。 善し悪しは人によって違うかな。

mugen93s
質問者

お礼

この国はギャンブル依存症が五百万人近くになり、しかも何割かは生活保護者だといいます。 また、一見、正常と思われる家庭でも心理学の世界では狂気のようなものが渦巻いている事もあるのです。 あなたは他者の自由と権利を主張されているが、それはあなたが社会に対して無関係、無関心だからではないでしょうか? 秋葉原無差別連続殺人事件、類似事件に代表される様に、無関係とは自分を正しいと信じること他者は誤っているという思い込みを生みます。 そして日本文化、教育そのものは、そういう心理を植え付ける事から始めているのです。 無関心という言葉は、この世に愛する人がいない人の言葉ではないでしょうか。1人でも愛する人がいれば、社会で起こる事が自分の身にも起こりえる事に気づくはずです。 あなたは、自分は自分。他者は他者という個人主義をあげたいかもしれない。しかし、今、社会でおこるあらゆる事象が自分にも起こりえると思えば、無意味でも無関心、無関係でもなくなるわけです。 社会に対する関心を失うことを個人主義というのは、アメリカ文化を誤って輸入した日本人の大きな過失でしょう。 とはいえ、私の文章に関心を持ってもらった時点で、あなたはどこか共依存という言葉に自分のなかの何かがひかかったのかもしれません。 この広い意味のある、分かりづらい文章に関心を持ってもらい、ありがとうございした。取り急ぎ、お礼まで。

回答No.1

支援できる出来ないというようなことを思う前に、日本語の勉強をされたらいかがでしょうか。 心理学がどうこうという以前に自身を振り返ってはいかがでしょうか。

mugen93s
質問者

補足

具体的にどこが難しく感じますか? 高校生には難しいかもしれません。 日本教育しか受けた事がないと 難しく感じる。本当はシンプルな事ですが、 あなたは難しいと感じ、 私を軽蔑し、自分の不明点を明らかにしない。 私も答えようがないわけだ。 一応、高校生の読む教科書の20倍くらい の書物を読むと分かるかもしれません。 分からない単語ならネット検索できるわけですから。それでも分からなければ心理学の書物を調べればいい。答えは至ってシンプルです。難しいことなんかひとつもありません。

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