解決済みの質問
18歳、看護学生です(^_^)
私の学校はとてもグループワーク(何人かのグループで一つの課題に取り組む。看護学校にはよくあります)が多くて今も何個か課題を抱えているのですが、
その中ですごく難しくて全然わからないものが一つありました☆
も~考えれば考えるほど頭がこんがらがってしまいます(T_T)。
それは
『看護の対象である人間を統一体としての全人間的存在であると理解する根拠は何か』
というものです。
3日間ほど悩んでみましたがグループの中でもなかなかまとまらなくて
煮詰まってしまいました・・・。
それで思い切ってここに質問してみました!
難しい問題だと思うので回答はなくてもしょうがないと思います。
何かしら「こうじゃない?」と思った方はよろしくお願いしますm(_ _)m
投稿日時 - 2001-06-06 19:01:08
看護の対象である人間を統一体としての全人間的存在であると理解する根拠は何か』看護の対象が、人間であることにNOという人はいませんよね。では人間は何か?身体的とは、その人の身体に関する部分、健康の度合いとか傷害の有無など。
社会的って言うのは、人間が社会に存在していること、社会に一員である以上仕事の中でのその人の存在とか、または、家族の中での立場とか、必ずありますよね。
そして、精神的に捉えるということは、人が、悩んだり、考えたりしている部分。
病気になったからと言っても、その人の悩みや、気がかりなことは、病気のことだけではないはず。そのように、生きている人間、生活している人間というのは、広く捉えなければ、その人のニードを捉えることは出来ない。看護の中で、対象を全人的に捕らえるということは、そういう意味だと思います。病気さえ治ればその人は幸せでしょうか?後は、すべてを犠牲にするべき?じゃ、ありませんよね。
病気も治しつつ、他にその人が健康な生活(その中には、精神的、社会的など入りますよね)を、送ることができるように、看護の中で配慮できる部分は配慮していかなければならないし、全人的に捉えることで看護のアプローチは、その人にあった方法を、考えられるのではないでしょうか?だからといって、失業している人をどうにかすることが看護ではないんだけれど、そういった問題を抱えている人だと知っていれば、その人の苦痛が理解できるし、それに関しては何もできないんだけれど、つらい気持ちを聞いてあげられるかも・・・。看護って、なんでもしてあげる事ではないんだけれど、人間ってそういった複雑なものだから、対象として捉えるときに全人的(色々な人間の側面を)に捉えないといけないんだと思いますよ。
看護理論は、そういった人間を捉えようとするときに、こういう部分を忘れちゃいけないと、一つ一つを考えられるようにいろいろなカテゴリーに分類してあったりします。どの看護理論でも、看護とは、人間とは、などを定義してあるはず。それらを読み比べてみると面白いかも。
投稿日時 - 2001-07-03 13:55:37
お礼
とても深い文章で何度も何度も読み返してしまいました。
良い回答ありがとうございます!
頑張ってみますね。
お礼遅れてすいませんでした☆
投稿日時 - 2001-09-18 20:55:19
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ベストアンサー以外の回答(4件中 1~4件目)
課題に対する批判もあるでしょうが、学問ってのはそういうもんです。
また、理論や概念が、何かの拠り所になること、っていうのも
ままあります。
> 『看護の対象である人間を統一体としての全人間的存在であると理解する根拠は何か』
これって、逆に言うと、「看護対象(人)を、いち個人として扱うと、何が不都合か?」
って問いかけですよね。そう思うと、具体的なケースが思い浮かびませんか?
・(自分にとって)大切な人が目の前で苦しんでおり、とても冷静でいられない
・嫌いなタイプの人間を看護するはめになったが、生理的に受け付けない
などなど。
医療の現場で対象となる患者を「もの」扱いは出来んでしょうから、
「全人間的存在」なんて言い方をしてますけどね。
こういった「抽象的なことがら」に対して、唯一の正解が無い、というのは
ある意味正しいことだけど、だからといって、我流の「my 看護」が横行して
しまっては困ります。だから、考えること、が大事なんですね。
投稿日時 - 2001-06-07 13:36:00
お礼
考えることが大事・・・それは看護学校に入ってすごく思います。
抽象的な事柄に大して自分なりにしても正解を出すのは大変です☆
でももしかして考えて出した答えがずれていたとしても
その結果に至るまでみんなで考えたことは無駄にはなりませんよね。
何とかもう一度頑張ってみます!
ありがとうございました♪
投稿日時 - 2001-06-07 22:23:02
うーん、看護学って嫌い。だって、理論だから理屈で考えるとパンクする。
しかも、文章がさ、回りくどいんだよね。もっと、ストレートに言ってほしいよ。
だから、看護学が嫌いな人多いんだよね。あとで苦労しました。
ところで、これは簡単にすると、「人間とは、どういうものか?」ってことなんじゃないのかな。
いまいちこの文の意味するのがわかんないし、苦手だからホントにこれでいいのかもわかんない。
ただ、看護学だからそういう抽象的な質問が多かったはず。
「看護とは」って入学してから勉強中だけど、人によって「これが私の看護」はさまざま。
たくさんの理論家がいるけど、みんな独創的。(意味違うかな・・・)
これが正解ってのはないんだからいろいろ話し合ってみて。
ま、あんまり役に立つもんじゃないけど。
投稿日時 - 2001-06-06 21:50:48
お礼
う~ん確かにその通り!
この質問最終的には『人間とは何か』になるんですよね・・・。
何で看護学ってこんなに抽象的なんでしょうねえ☆
決して嫌いではないんですけど今ちょっとめげそうです(-_-;)
みんなでもう一度話し合ってみますね。
ありがとうございました!
投稿日時 - 2001-06-07 22:16:55
看護の対象である人間を統一体としての全人間的存在であると理解する根拠は何か?
これ、どういう人が出した問題ですか?日本語になっていない。悩む学生さんが気の毒なぐらい。「人間を人間的存在と見るのに根拠が必要であるとは認められません。」といってあげたらどうですかな。 安心してください。これ、貴方やお友達の理解力が足りないのではありません。出題者が頭が悪いです。
投稿日時 - 2001-06-06 20:31:59
お礼
うちの学校の基礎看護学の先生の出題です・・・☆
う~ん確かに根拠って言われても~って感じなんですよね。
もうちょっと頑張ってみます!
ありがとうございました♪
投稿日時 - 2001-06-07 22:13:55
要約すると
「看護対称である人間を『人間』という集団の代表的存在としてみる」
ということかな?
人間の集団性なんかの話であろうか?
どのような過程を経てその問題が出されたのかわからないのでバックグラウンドを教えていただけると幸いです。
投稿日時 - 2001-06-06 20:11:12
補足
早速の回答ありがとうございます!
この質問は基礎看護学目的対象論で出題されたもので、
そのグループワークの目標として
1.看護の対象としての人間が理解できる
2.統一体としての全人間的存在者であることが理解できる
というのがあげられていました。
ということは最終的にこの2つの目標にたどり着くような考えをしなければならないってことですよね☆
ちなみに課題は全部で4つあり、
1.人間の特性(身体的特性・心理的特性・社会的特性)とは何か
2.人間における個別性と共通性とは何か
3.人間のライフサイクルの中で発達段階と発達課題とは何か
4.看護の対象である人間を統一体としての全人間的存在であると理解する根拠は何か
です。
投稿日時 - 2001-06-07 22:05:43