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『事実』と『真実』のちがいについて

roamの回答

  • roam
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回答No.2

ただの自論ですが、 「何か」に対して、みんなが認識しているいる「こと」が、{事実}で 「何か」に対して、当の本人(達)だけしか認識できない「こと」が{真実}じゃないかな、って解釈してます。 たとえば例をあげるとすると… すごく、残虐な犯罪を犯した人がいるとしますね。 そしたら第三者(他人)が報道して、大勢の人が「なんて人だ」と思うでしょう。 その人について「犯罪を犯した」ということしか知らないので、そういう風に見てしまいます。 「こいつは犯罪者だ。サイテーだ」←これ{事実}です。 しかしその人からしてみると、いろいろな出来事があって、心境が変化して そういう行為に至ったはずです。 だだ衝動的に、と言ったって、そうなるその人の過去があったと思うから。 →これ、{真実}です。 {事実}は大勢の人が「そう」思うことで、「そういうことになっちゃう」ことです。 一方、{真実}はその人しか知り得ない部分(気持ち)です。 …と私が勝手に思っていることですから、なんてことはないんですけどね。 というか、例がひどいですね(笑) この例はオーバーなんだけど、こういうことって実際ごろごろしてると思いませんか? 本人がどんなに苦しんでても、大勢が思ってることが事実になっちゃうんです。 私のでいくと、「事実でありかつ真実であること」「真実であって事実でないこと」に あまり当てはまりませんね;; ということは、説明になっていない!(長いだけ) ス、スイマセン;; は~語ってしまった。

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質問者

お礼

roamさん、ご説明ありがとうございます。 犯罪者の例ですが、犯罪者が最低だというのは、事実および真実(主観)に なるのではないかとおもいました。 最低というのは、罪を犯したという報道をきいてそれぞれの人がおもう 真実ではないかなとおもいました。 >本人がどんなに苦しんでても、大勢が思ってることが事実になっちゃうんです。 自分は、そこがよくわかりません。 大勢の中でも、最低だとおもう人もいれば、しょうがないやつだと思う人も 気の毒なことをしたと思う人もいればさまざまだと思うので 大勢が思っていることが事実になるというのは、違うのかなと思ったのですが、 でも、そういう風に考えていくと、社会的に認識されていることっていうものが 事実と仮定するのも、おかしいことになりますね。 自分もよくわからなくなってきました。 新たな、視点がでてきまして、また考える幅が増えました。 お忙しい中ご回答ありがとうございました。

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