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自然を超えた世界について
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>自然科学が対象としている「自然」、つまり唯物機械的世界、を超えた世界 ありえないとは考えません。 基本的には、それも自然科学の「自然」の内です。 まっとうな科学は観測できる全てのものを研究の対象とします。そして観測できないものは保留しますが、否定はしません。 科学はまず定義し、定義したものが存在するか否かを証明します。定義付けられていないものは扱えません。 あなたの言う「自然科学が対象としている「自然」、つまり唯物機械的世界、を超えた世界」も明確に定義付けられるのであれば、その存在の有無を判断する事は出来ますが、定義付けられていないのであれば存在するしないを判断する以前に、扱う事が出来ません。したがって、科学は否定も肯定もしません。 定義づける事ができ、かつ観測可能であれば、それは「自然」のうちです。 定義付けが未だされていないものは数多くありますし、技術的限界から観測できないものも数多くあります。それらについて科学は何も結論を出せません。(少なくとも今現在の)科学を超えている何かという存在はいくらでもあるということですし、そのことを否定する科学者は居ません。同時に、今現在の科学で否定されていることであっても、将来何らかのブレイクスルーによって存在が証明される可能性があることを全否定する科学者はまっとうな科学者とは言えません。 しかし注意したいのは、だからといってそれが「唯物機械的世界、を超えた世界の実在」を証明する事にはならないということです。
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- mtnlnd
- ベストアンサー率36% (89/242)
嘗ての知り合い達(工学博士複数)は言葉では否定しませんが心では無いと思っております 現在の科学で捉えられないものは無いと考えているふしがあります ですので一般人は尚更でしょう 嘗ての私もそうでしたから 捉えられないものは扱えませんから何も言えません 肯定も 否定も これが科学的立場なのですが現実は無いと言い切る方が多いのです でも今後 科学は更に進んで捉えられるようになるでしょうから変わって来るでしょう 百年位掛かるかも知れません 現在の私は現在の科学レベルでは捉えられない世界の存在を知ったので肯定します これは科学で捉えられないのですから経験するほかありません 幸いにも体験出来たので知る事が出来たのです 何十回もです 誰でも体験出来るのですが 体験したものだけが肯定する現代です あなたも体験で知ったから このような質問されたのではありませんか?。
お礼
ご意見どうもありがとうございました。
- Verhalten
- ベストアンサー率17% (36/201)
何%自然の力を借りているかの解釈はレベルで違います。 完全な断熱過程でなければなりません。 太陽光すら不要でなければなりません。 対流などの自然現象や原子そのもの。 全ての物理現象も自然の対象です。
お礼
ご意見とても参考になりました。有難う御座います。
- reglus
- ベストアンサー率41% (149/356)
一般的な話をすると、ありえないと思ってる人は居ないんじゃないでしょうか。 そこまでの考察を組み入れるかどうか、という違いはありますけど。 科学は可能性を考えるものです。 うざいのはそういった考え方を手玉にとって、自分よがりの自論に使おうとする宗教家なんかですね。
お礼
ご意見とても参考になりました。有難う御座います。
- 中村 拓男(@tknakamuri)
- ベストアンサー率35% (674/1896)
「一般に科学者は」という問いかけ自体が既に間違いです。 科学をすることは一定の思想を持つことではありません。 人や職業にレッテルをはるのはたやすいことですが、それは 真実から大きく遠ざかる行為です。
お礼
ご意見とても参考になりました。有難う御座います。
- rabbit_cat
- ベストアンサー率40% (829/2062)
付け加えるなら、そもそも、科学的な思考法=唯物機械論的な世界認識、という認識自体が間違っています。 この2つは、全く関係ない概念です。 唯物機械論的な科学的な思考法もありますし、そうでない科学的な思考法も普通にあります。
お礼
ご意見とても参考になりました。有難う御座います。
- rabbit_cat
- ベストアンサー率40% (829/2062)
>一般に科学者は、自然科学が対象としている「自然」、つまり唯物機械的世界、を超えた世界の実在はありえないと考えますか? 考えません。実際には、まったく逆です。少なくとも現代一般的となっている科学の教育法を長く受けてきた人ほど、「科学」の限界や、「現在の」科学で説明できない世界が存在する可能性がある、ということをよくわかっています。 現代的な科学教育をきちんと受けてきた人は、それがどんな突飛な説であろうと「仮説」をたてることには、(少なくとも科学教育を受けていない人よりは)ずっと肯定的です。 そして、きちんと科学的な教育を受けてきた人であれば、一見、突飛に思える仮説でも、妥当性を(科学的な意味で)検討する、といったことが可能です。 その結果、この現象(霊的な世界の存在など)がをもし仮定すると、(現在の科学では)この部分は未知(あるいは説明することができない)が、他の部分は説明が可能、とかいった切り分けができます。 たとえば、よく言われる例ですが、宇宙エレベータ http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%BB%8C%E9%81%93%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%99%E3%83%BC%E3%82%BF なんかは、それこそ科学的リテラシーを持っていない人が主張すれば単なる妄想にしかなりませんが、きちんと科学的なリテラシーをもってみれば、 ・ケーブルの強度を実現する材料が現時点ではない(⇒ 最大の課題だが、物性だけを見ればナノチューブなら条件を満たす?) ・エレベータへのの動力供給は?(⇒ まだそこまで現実的な解が見出せているわけではないが、全く不可能ではないか?) といった話をすることが可能になります。
お礼
ご意見とても参考になりました。詳しいご回答有難う御座います。
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