解決済みの質問
侍所所司についてだけなら。
当時、「三管領四職(さんかんれい・ししき)」という制度があり、侍所所司は、赤松氏、一色氏、山名氏、京極氏の4氏で交替で任に就いていました。→「四職」
ちなみに「三管領」は、斯波氏、細川氏、畠山氏の3氏が交替で任に就いていました。
直前の1399年までは、赤松満祐が就任していましたが、「嘉吉の乱」の当事者でもあるため、その時は罷免されたか、辞任していたと思います。
直後の1441年というと、京極持清という人が、「嘉吉の乱」の武功を上げたことで任命されています。
一度任を解き、再び八代義政の代の1466年までの長い間就任しています。
ということで、1440年丁度というと誰が任に就いていたか不明ということになります。
でも、私が思うに、乱のために一時不在であったのではないのか、と思われます。
投稿日時 - 2003-11-11 00:51:00
お礼
わざわざ、ありがとうございました。大変、参考になりました。
投稿日時 - 2003-11-11 06:21:23
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