解決済みの質問
はじめまして。
内親王など平安時代の後宮の制度について、
詳しい方いらっしゃいましたら、教えてください。
・「○宮×子内親王」という人がいるとします。
○の部分(「和宮」など)はどうやって決められるのでしょうか。
・また「○宮」の部分は兄弟でもそれぞれ違うでしょうか?
(A子内親王はQ宮で、その実姉のB美内親王はG宮など)
・親王に「○宮」はつくのでしょうか?
・兵部卿宮、式部卿宮、中務卿宮など、「宮」と名がつく
人は
太政大臣や左大臣よりも身分が上なんでしょうか?
以上です。
よろしくお願いします。
投稿日時 - 2003-10-25 23:48:02
平安時代の場合
○宮はだいたい産まれた順番になります
「女一宮」・・・その天皇の第一皇女
「女三宮」・・・その天皇の第三皇女
あと、品位(一品、二品などの親王、内親王の位)を賜るとそれがつきます
「一品宮」
ここまでは公式のもの。
たまにあだながつきます。
「火宮」・・・冷泉天皇の皇女尊子内親王
円融天皇の女御として入内したときに
たまたま内裏が火事になった
「釣殿宮」・・・宇多天皇皇女綏子内親王
「釣殿」に住んでいた
あだなは公式のものではありません。
もちろん親王にもつきます。高貴な方の名前を直接言うのは不敬にあたりますので、「××宮」とおよびします。
ちなみに「和宮」は幕末の皇女ですが、江戸時代以降はすべての親王、内親王、王、女王に「○宮」がつきます。幼名で、臣下でいうお七夜に父宮から賜ります。
「兵部卿宮・・・」
は、官職です。兵部卿になった親王は「兵部卿宮」とよばれます。「藤(原)大納言」とよばれるのといっしょです。ですから、同じ人物が年によって「兵部卿宮」だったり、「式部卿宮」だったりします。大鏡などを原文で読むときは、気をつけたほうがいいです。
身分は、臣下の身分とは別口になります。臣下とは超越しているので、身分が上、下ということはありません。ただ、親王が官位につくときは名誉職なので、実質は大輔などがかわりに仕事をします。
投稿日時 - 2003-10-26 16:59:56
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