解決済みの質問
NO.2です。
ユダヤ人以外があちらは古いこちらが新しいと言っているのであり、ユダヤ人にとっては古いも新しいもなく聖書とは(いわゆる旧約)聖書が唯一の聖書であり、そもそも旧約とは呼んでません。
つまり神がすべての人類と改めて契約を結んだなど他民族のたわごとであり(勝手に作ったフィクションだとして)新約の存在を認めていません。
われわれ仏教徒からしたら、神がユダヤ人と契約したとか神が全人類と契約したとかどちらもフィクションだろということになりますが、そんなことを外国人に言ったら酷い目に遭わされます。
投稿日時 - 2010-12-18 18:34:27
お礼
あまり各宗教に合理性を求めてもダメなのかもしれませんね
ありがとうございました
投稿日時 - 2010-12-18 21:46:47
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ベストアンサー以外の回答(4件中 1~4件目)
>旧約聖書の特徴の一つはイスラエル人に対する選民思想ですよね?
「他の奴らと自分たちは違うんだ。 俺たちは神に選ばれたえらーい人種なんだぞ」と周りに威張っているわけじゃなくて・・・
10戒ってのは、もともとエジプトの死者の書から取られているんですね。
なんせエジプトにかつていたわけですから、当然エジプトの高度な倫理観に触れていたので、エジプトから離れてもエジプトの高貴な教えを尊んでいたってわけです。
10戒の内容は禁止命令というニュアンスではなく、、、、
「もしあなたがイスラエル人なら、人を殺すわけがない」と、なんといいましょうか、「あなたが人間なら、どこかしこでもウンチするはずがない。」というような分類? と一緒。
「人前でもウンチするのなら、そりゃ 人間ではない。人間ならするわけがない」というのと同じニュアンス。
しかし、モーセは人殺しやったし、イエスなんて老若男女一人残らず皆殺しにした人だった。
聖書にちゃんとそう書いてある。
子供まで残らず虐殺したって。
おかしいじゃないか、十戒には「イスラエル人なら人を殺すわけがない」って書いてあるじゃないか と思うでしょ?
ううん おかしくない。
だって、これは同胞に対してのことだから。
「イスラエル人なら、同胞のイスラエル人を殺すわけがない。もしイスラエル人を殺したのであれば、そいつはイスラエル人ではない」ってことになるわけです。
従ってイスラエル人は、エリコに住んでいたパレスチナ人を皆殺しにして土地を奪い12氏族で分配しても、それは強盗殺人にはならないわけです。
なんでパレスチナってあの場所いうかしってます?
ペリシテ人の土地って意味。
つまりエリコに住んでいた人たちはペリシテ人で、ずっとさかのぼれた同じ祖。
じゃあ 親戚を殺したことになるじゃないか じゃあ 10戒をやっぱり破ったことになるじゃないか?
ううん ならない。
神はヤコブを選んだことになっており、ヤコブを祝福したので、ヤコブの子孫を永久に繁栄させると約束はしたけど、ずっと祖先のペリシテ人になったグループは祝福していないから。
えっと知っているかもしれませんが、ヤコブがあのジェイコブスラダーのヤコブで、神に祝福され永久に子孫繁栄を約束されたとき、イスラエルって名前になったんです。
で、そのイスラエルの子と親戚が12支族+一族の族長になったわけで、13支族が永久に消えることなく、繁栄しつづけさせると神は約束をしたわけです。
もちろん、アブラハムの第二夫人の、、、、誰だっけ? ハガルの子供も神は祝福したので、その子イーシュマエルくんの子孫も永遠に消えることなく繁えるってなったわけです。
そのイシュマエルくんの子孫が後にイスラム教になっていったわけです。
で、モハメドが確立したんだったかな?
このようようにアブラハムの子孫のヤコブもイシュマエルも両方神は祝福 つまり 子孫繁栄を約束したってわけです。
だから、イスラム教はユダヤ教から分離したとは思っていない。
ユダヤ教とは別の神を崇めるようになったとは思っていない。
ただ、イスラム教からすれば、ユダヤ教は俗化しすぎたと思っているんじゃないかと。
自分たちの方がもっと真摯に信仰していると思っているんじゃないかと。
で、イスラム勢力とイスラエル勢力がバトっているのは、土地問題であって宗教的な違いじゃなかったと思う。
よくわからないと宗教問題がこじれていると勘違いするかもしれませんが、生存権というか安住権というか、そんなのがからんでいるんだったと思う。
イスラエルの後に分離したらよかったのですが、アブラハムの息子の時点で分離しちゃったもんだからねぇ・・・・
ほんでね、イエス作家の文章を読むと、あくまでイスラエルの民に向けたメッセージだったんですよ。
ところが、いろいろあって、他の民族にも神の愛は拡大したって嘘言って、争いごとを沈めようとしたというか、、、、
結局は根本はエジプトの倫理観ですから、同じ倫理観を持つのだから、仲良くしましょってことになったんです。
日本が中国や韓国や北朝鮮やロシアに「共通の道徳心じゃないですか、じゃあ 敵じゃなくて我らは仲間 仲良くしましょ」という外交政策をするようなもん。
それがキリスト教なの。
「肌の色は違ってもみな日本人じゃないか これから自分は日本人だと名乗れ 日本の国旗を掲揚せよ」 ってなったようなもん。
投稿日時 - 2010-12-18 20:42:28
お礼
なんだか私には高度な話で理解できませんでしたが・・・勉強になりました
ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-12-18 21:48:15
神がユダヤ人と契約を結んだという聖書(旧約)に対し
神が改めてすべての人類と契約を結んだとするのが新約聖書でしょ。
新約聖書というのが突然出現したのでなく、まず聖書(旧約)があり、それの改訂版(新約)が出てそれが広く受け容れられたということで、旧約とする聖書を否定するなら新約というものも無いことになります。
仏教における小乗仏教(上座部仏教)と大乗仏教も同じような関係にあります。
投稿日時 - 2010-12-18 16:30:46
お礼
ありがとうございます。
ではキリスト教は、イスラエル人(ユダヤ人)のことを「以前は神様から選ばれていた人達」と認めているのでしょうか?
しかし、神がコロッと契約を変更するって、おかしくないでしょうか?
なぜ神が契約を変更したのかっていう理由は聖書にあるのでしょうか?
投稿日時 - 2010-12-18 17:50:27
宗教とか思想って、普通でなんでもなく暮らしている人はあまり関係したり必要になりませんよね。
そりゃ、ご近所さんや仲間、あるいはお友達などが生活風習や儀礼、あるいは歳時の習俗でやることは普通のなんでもない人もやりますが。
そういうわけで、キリスト教みたいな習俗化しているものでも、核心てきなところはそういうつらい思いに応えるものなんですよね。
イスラム教もユダヤ教もつらい思いや情況から出てきて、キリスト教も本来はそういうものなんでしょう。
そういうことに応え、慰め、納得させて生きさせていく為には、今はこうしているが、本来はこれこれなんだ、っていう選民思想での思想の練り上げや納得させ方が必要なのではないかと存じます。
以上は宗教の一つの側面ですが、こういう側面から生きることに対する理由やこの世界の成り立ち、そして世界や宇宙の創造の哲理と神話が練り上げられてきているのでしょう。
投稿日時 - 2010-12-18 16:27:10
お礼
ありがとうございます
ご都合主義もあるのでしょうが、信者からすれば合理的でない部分に対してやはり疑いが生まれることもあるので、何らかの理由付けはされてるのではと質問しました
投稿日時 - 2010-12-18 17:54:36