解決済みの質問
―現在高校生です。悩みの克服について―
私は自身でも確信を持てるほど、議論が苦手です。おそらくその原因は自分の意見をはっきり持てないことにあるのだと思います。私はいつも周囲の意見に同調し、その主張を聞くといかにもそれが正論であるかのように重いこむ節があります。最近では、そのような姿勢では社会に出たら生きていけんと感じ、自分で考えを持とう焦燥感に駆られ、頭をひねるようにはなりました。ですがたかだか「yes」か「no」のレベルで、いざ自分の意見の正当性を主張しようとすると、一貫性に欠けた、自分で言ってても理解しがたい話になってしまいます。そして末路は自分の意見の取り消しです。
最近、議論や発表を苦手とする日本人が増えているとしばしば言われますが、私はまさにその典型例です。親は、経験が足りないだけだと簡単にあしらいますが、これから就職し、世で自立していていく上でこの苦手をいつまでも放置しておくわけにはいきません。議論の経験を積もうにも、学校側ではそのような機会は与えられませんし、家族間で試みても結局ただのおしゃべりにまでなり下がってしまいます。
議論(ちなみに面接、発表も苦手ですが…)が苦手なものは、どのような対策をとれば効果的でしょうか。経験が必要だとすると、どういった場でそのチャンスを得られるでしょうか。
ご教示のほど、よろしくお願いします。
投稿日時 - 2010-08-16 00:58:05
こんにちは。
あなたは、議論が苦手だ。ということですね。
人は、それぞれ得意分野と不得意分野があります。
あなたの文章を拝見しましたところ、文脈は、高校生ながら
しかっりしているし、たいへん読みやすく、理解しやすい
文面だと思います。文章でははっきり主張できています。
自信を持ちなさい。
わたしも、場数を踏めばすらすら言えるようになると思います。
友達との会話の中でも、自分の得意なことは、すぐに
いえるでしょう?議論も同じことです。
例えば、デジタルカメラの新製品についての会議では、
技術・生産性・コスト・デザイン・機能性・その他(マーケティング)
いろいろ話す場合、勿論技術者は前半3個について、営業は
後半3個で議論になるでしょう。あなたは、何が得意ですか。
日頃からよく使っているなら機能性だけに、考え(頭)を絞り、意見を言う
ことです。全てを理解し、議論に参加する必要はないのです。
私は、面接でも自分の得意分野しか話しません。
出来るだけ話題を得意分野に引き込みます。
その方が、面接官にもこいつこの分野では使えるな。
と思わせ、印象付けます。得意分野ならはっきり主張
出来ますし、元気にしゃべれますし、笑顔もでます。
議論は、いろんな方向から見て話すことです。
例えば、アイドル
顔・スタイル・歌唱力・ファッション・しぐさなど
写真映りは左より右のほうが明るくていいなど
正論であっても、横から見たら不自然なことも
世の中には、たくさんあります。
たまには、横から見た発言をしてみてください。
みんなは、そんな考えも(意見)あるのか、
注目されるかも。私も時々反対意見をわざと
使うことがあります。
投稿日時 - 2010-08-16 01:52:49
お礼
ありがとうございます。
私の悪い癖は方向性を決めないままに話を無理やり進めようとすることです。意見をぶつかり合わせるならば、まずは視点を絞ってから話を進めていくことが重要であると気づかされました。
確かに自分の得意な分野に話をち込むと格段に話しやすくなるものですね。自分の知識の有る・無しを考えずうまく話しをまとめようなど愚考であったと感じます。自身に興味や理解があって初めて中身を伴う主張ができるのは明らかです。
とても勉強になりました。感謝しております。
投稿日時 - 2010-08-16 14:50:49
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ベストアンサー以外の回答(4件中 1~4件目)
NHK大河ドラマ「竜馬伝」見ていますか?外交、交渉、商談には、駆け引き、はらのさぐりあい、なんでもあります。商売の契約が成立するには、利益ということもありますが、交渉にあたる人物が、信用できるか、信頼できるか、これは、重要な点です。詐欺にあうかもしれない。幕府のわなかもしれない。最後は、真実を語り、人間の誠実(まこと)を見せることです。
議論に勝っても、戦に負ければ、意味がありません。負けるが勝つ(勝海舟)ということもあるのです。
あまり、議論をしないことです。正しいことを実現するために、働いてください。
NHK高校講座の社会の番組を見てください。(聴いてください。)世界史、日本史、地理、現代社会、倫理、政治経済、です。理科の番組は、「科学の目」自然科学的な世界観をつくっていくのに役に立ちます。
地学、生物、化学、物理、理科総合、数学Iなどです。
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/index.html
お勧めは、現代社会、倫理、家庭総合です。
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/2009/radio/r2_syakai/
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/2009/radio/r2_rinri/
http://www.nhk.or.jp/kokokoza/library/2009/tv/katei/
「至誠にして、動かざるは、未だこれあらざるなり」孟子の言葉です。「大義」のためには、どんなに憎しみあっていても、協力できるのです。薩長連合しかり、討幕軍の江戸城無血開城しかりです。
「篤姫」「直江兼続」「竜馬伝」人を動かす、説得する、情に訴える、すべて、個人の利害、藩や徳川家の利害を超えた、大きな義があるから、人は動くのです。
大いにお励みください。日本と地球の危機を救ってください。
投稿日時 - 2010-08-16 11:05:56
お礼
丁寧にありがとうございます。残念ながら「竜馬伝」は見ていません。
HANANOKEIJ様のおっしゃることはとても素晴らしいことだと思います。確かに歴史を学んでいると江戸時代、明治時代に限らず、日本人は利害に構わず動く人が多いことが分かります。それは良いことであり、私はそのような日本が好きです。
ですが、今日その社会形態はやや崩れ始めているように感じられます。昔は「日本国のために」という思いで通じたことが、最近では認められないこともあります。それはきっと国際化に伴うことなのです。日本のためにという漠然とした思いではなく、人種を超えて皆が理解しあわねばならない。そんな中で、やはり必要とされるのが‘議論する’力ではないでしょうか。
私は人の意見をつぶしてまで、常に議論する必要性はさらさらないと思います。ただ、がむしゃらに議論を回避することは、時に妥協することと同義になります。私はそのようなことはあるべきでないと考えています。日本のため、世界のためにこそ、議論する力が求められることもあります。
まるでHANANOKEIJ様のおっしゃられたことを否定しているような書きぶりになってしまったのですが、そうではありません。社会という規模で考えた時、議論するか否かという問題もありますが、そこにかかる思いが単に己の利潤のためなのか、それとも日本・世界のためなのかという違いが大切です。
議論に勝つための議論ではなく、日本のための議論こそが求められるべきであり、私が真に目指さねばならない姿はそれであると思いました。
表現力がないので長文になってしまいました。すみません。
ご返答ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-08-16 16:15:13
んー。
議論や発表が苦手とのことですが、
「この世には理論的に正しいことがある」と思いこんでいるから余裕がないのでしょう。
世の中に絶対的に正しいことはありません。
なんでかって?
「正」の反対語は「誤」であったり、「邪」であったり、「負」でったりします。
「正しい理論」というのは「誤っていなくて、邪悪なものでなく、ネガティブのものではない」理論を指すのでしょう。
そんな都合がよくて堅苦しい立場が「正」の立場です。
貴方が議論に強くなりたい、議論にどんな幅を持たせればいいのだとお悩みみたいなので
「誤っているけど、正義であり、ポジティブ」
「誤っていないけど、邪悪、ポジティブ」
「誤っていないし、正義、でもネガティブ」も許しましょう。
そうすれば貴方が欲しい柔軟な思考になるでしょう。
1番目は「きれい事好き」2番目は「利己的」3番目は「ニヒル」な思考なんです。
(議論なんて強くなっても意味ありませんけどね。
日本で受けるキャラは理屈ではなく感情で動くことですよ。
社会に出ればきっとわかるでしょう。
理屈で動く人は信用されないってことに。)
投稿日時 - 2010-08-16 06:23:22
お礼
ありがとうございます。
私の中では、「議論できる人」=「自分の意見をしっかり持てる人」=「常に自分の頭で考え、意志・責任を持って動ける人」という考えが定着しており、昔から自分の意見の正しさを論理的に説明できる人に大きな憧れを抱いております。
‘議論に強い’とはどのようなことなのか、という点にはあまり思いを巡らせたことがありませんでした。確かに議論は一人で行うものではなく食い違った思考を持つ複数人の間でおこなうので、力をもつ議論は一般的常識に従うものになると思われます。そうなるとyuukiyuuki様がおっしゃったように、「綺麗事」こそが素晴らしい世界になってしまうのかもしれません。
わたしは「討論大会で好成績を残したい」「口げんかでは誰にでも勝てるようになりたい」というほどの力ではなく、相手から自分自身の考えを述べるように促された時に相手にも納得できるような説明ができるようになりたいということを望んでいます。でも多少であれ論理的に物事をとらえようとすると、ご指摘下さったように、一方で感情的に翳りが生まれるのも事実だと思います。議論力ばかりを求めるのではなく、同時に人間性を高めていく努力もしていかねばならないですね。
長文になって失礼しました。ご返答下さったこと有りがたく思います。
投稿日時 - 2010-08-16 15:42:48
日本語という言語は、思考を一方向に引っ張るよりも、いろいろな方向にまんべんなく引っ張ってゆきます。
だから、日本語で考えると、結論が出難いし、自己主張もし難い。
そういう意味で、日本語で考えたから曖昧にならざるを得ない、そういう場合があると思います。
その点、自分の考えを英語で表現すると、非常にすっきり簡単明瞭な文章になります。
一度英語で考えを記述してみた後で、その文章を日本語に翻訳すると、自分でも驚くほど分かりやすいことがあります。
自分はこの方法で、新たな表現力を身につけました。
それに、英語は子供が自己主張するような言語だから、世界中に広がっているので、身につけやすいし、身につけると非常に便利です。
投稿日時 - 2010-08-16 03:25:49
お礼
言語の違いに着目する、というのは私にはない発想でした。
確かに日本人は外国人からすると、発言が消極的だとはよく言われます。
自分はあまり英語を得意としませんが、この考えはぜひ積極的に取り入れていこうと思います。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-08-16 15:07:01
とかく、他人の意見に流されやすい人が多くなってきていますが、
ご自分の意見を持ち、言えるようになりたい、という姿勢は
良いことですね。
初めから、口に出して議論しようとするから、うまく言えなかったり、
挙句、相手に押し切られてしまうのです。
まず、新聞のコラムやネットのニュースなどを読んで、1行についてでも
いいので、自分なりに、そのことに対し、肯定するか、否定するか、
それぞれについて、ご自分の考えを書いてみて下さい。何回、書き直しても
いいのです。
書くと、考えがまとまります。
これを繰り返すと 「ここではこう言っているが、自分はこう思う」と
思考がまとまりやすくなります。
これに慣れたら、ご友人とでも簡単な事で意見を言い合ってみたら
如何でしょう。難しい問題じゃなくてもいいのです。
段々慣れてきて、議論ができるようになりますよ。
ただ、気をつけなくてはいけない事は、慣れてきたら、相手をやり込めない
事です。相手の意見をきちんと聞いて下さいね。
投稿日時 - 2010-08-16 01:58:33
お礼
新聞を使うという考えには到りませんでした。
比較的新聞には目を通す方ですが、今の自分はただ流し読みするだけで社会で起きている事実を知識としてとどめて終わっています。今後はうまく活用していこうと思います。
どんなに立派な意見を述べられても、相手の意見を無視するようではただの意見の押しつけになってしまいますね。相手への配慮を忘れないようにしながら、自分の力を磨いていこうとと思います。
ご助言ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-08-16 14:59:17