解決済みの質問
正直なところ・・・・皆様の御回答を拝読し、ジェネレーションギャップを感じています(^‐^;)
>何で、わざわざバランスの悪い3輪なのですか?
構造がカンタンだから、という話はあったでしょうが、別に当時のダイハツが、技術力で特に劣っていたワケではありません。(当時のダイハツのエンジニアの方が読んだら怒りますヨ。当時4輪車の技術と莫大な量産実績を持っていたのは『御三家』~トヨタ、ニッサン、いすゞだけで、ホンダもマツダもミツビシも、4輪車に関するロクな技術を持っていませんでした。ダイハツも、当時の『ホンダ程度のクルマ』なら、エンジン以外はカンタンに作れたでしょう。)
3輪車を作った理由は簡単です。市場の要求から、です。
1965年の免許法改正まで、オート3輪免許と言うモノが存在しました。これは殆どバイクと同じ扱いで、16歳から受験出来ました。
更に、具体的な金額は失念致しましたが、税制上も3輪車はかなり優遇されていたと思います。(殆どバイク扱いなので、クルマと同じ税金のワケはないですね。)
個人商店などで子供を手伝わせようとした場合、16歳で運転出来る3輪トラックは、当時既に存在した軽四輪よりずっと便利です。大型安売り店やスーパーマーケットなどがあまり存在せず、小売りは専ら個人商店に依存していた昭和30年代、町中の配達車両が3輪になってもおかしくない状況でした。
やがて‘65年の免許法改正でオート3輪免許もは普通免許に統合され、そうなると力学的に不安定なオート3輪は、存在意義がありません。昭和40年代中には町から姿を消しました。
・・・・ワタシが子供の頃、町のちょっとした交差点を曲がってきたダイハツミゼットが『ガリガリガリガリ~ゴットン!』と傾き、通りがかりの通行人がワラワラと寄って来て、協力して起こしているシーンが時々見られました。
今なら誰も手を貸してはくれないでしょうし、そもそも街中で横転するクルマなど大問題です。ダイハツなどPL法裁判で大負けして倒産するでしょう。
でも当時は、バイクが転倒しても当たり前なのと同様『オート3輪はひっくり返って当たり前』と誰もが認識していた様でした。
>なぜ、そんなにミゼットって有名に
>なったのでしょうか?
今日のダイハツ・ミゼットの認知度は、確実に映画『稲村ジェーン』の影響だと思います。
あの映画以前にもミゼットは、実動ならある程度の値段で取引されていましたが、不動車として打ち捨てられているヤツを拾って来るなどは極一部の『変わり者』の所業でした。
しかしあの映画以降は、レストアして高額で売り付けるヤカラ(そして高額で買うヤカラ)も現れ、更には不動車にさえ値段が付く様になりました。
映画の宣伝効果ってすごいですね~。
投稿日時 - 2003-07-24 10:17:46
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ベストアンサー以外の回答(7件中 1~5件目)
うちにこんな本があります。
「街のヘリコプター ミゼット物語(木村信之作品集6)高原書店刊」
それによると、(以下抜粋)
昭和20年代、日本一の三輪自動車メーカーだったダイハツ工業は、
昭和27年から三輪車の小型化に取り組み試作を開始した。
目標としては、
(1)積載量300kg未満の取扱いの簡単な三輪自動車
(2)従業員2人以上の事業所・商店をターゲット
(3)経済的、低燃費、低維持費な車
(4)六甲山を無理なく登れる
(5)安全性が高い車
試作は困難を極めたが、開発から5年後に初期型が販売開始、
何度か改良され、海外にも輸出されていきました。
昭和34年にはフルモデルチェンジされ(これが映画稲村ジェーンに登場したモデル)
個人商店や農村部に爆発的に売れていき、
昭和46年12月に生産終了となるまで32万台近く生産されました。
日本の高度経済成長の屋台骨となった車です。
もしミゼットがなければ、現在の日本の発展はありえなかったでしょう。
上にも書きましたが、
ミゼットは大きく分けて2種類あります。
バイクのようなバーハンドルの「DK*型」と、
丸ハンドルの「MP*型」
両方ともものすごく小回りが効き、
小さい車体とあわせて狭い路地にもがんがん入っていきました。
(最小回転半径2mぐらい??)
しかし三輪車である以上、四輪車よりもコケやすいのは事実であり、
特によくコケたのはMP*型です。
なぜなら、丸ハンドルのためハンドルが切りすぎとなり、
スピードが上がるといとも簡単にコケます。
交差点やカーブでよくコケてました。
昔は舗装路が少なかったのでスピードも出せずコケてもダメージは少なかったのですが、
(数人ががりでよっこらしょで元に戻してた)
現在では横転する車なんて「もってのほか」です。
ミゼット2は、稲村ジェーンで人気が再燃したこともあって、
新たに設計され市販されましたが、
しょせんは四輪であり、元祖のような小回りを望めるはずもなく、
そこそこ売れただけで生産中止となってしまいました。
>ミゼットって有名になったのでしょうか?
ミゼットは昔から有名です。
投稿日時 - 2003-07-24 12:53:41
別にバイクを元に作ったわけではありませんが…
メーカーの大日本発動機(今のダイハツ)は、エンジンメーカーだったようです。
バイクは作っていなかったようですね。
で、前輪が1個の理由は、その方が製造が簡単だからです。
早い話が、自転車の前輪を丈夫にしただけで良いわけです。
前輪が2個だと、かなり複雑な構造になり、製造コストも必要だし技術的にも品質管理が面倒になります。
ミゼットが爆発的にヒットしたのは、それまでにも多く存在して使われていたオート三輪を、小型・軽量化して価格も安く、運転席に前面ガラス(実際にはプラスチックの場合が多い)と屋根を付けて雨の日でも楽に乗れるようにしたというのが理由のようです。
ちなみに、初期のミゼットにはドアも無く、ワイパーも手動でした。
投稿日時 - 2003-07-24 07:49:43
> ミゼットはバイクをベースに作ったからでしょうか。
ミゼットと言うより戦前からあった三輪自動車は、構造はそれこそバイクの後輪を取り去りリヤカーをドッキングしただけのようなものでした。
歴史的に見れば仰有る通り、バイクがベースです。
そういう意味で「ミゼット」は、その正常進化形ですね。
> 何で、わざわざバランスの悪い3輪なのですか?
私見ですが、高い技術力・資金力が必要でない、製造コストが安いが理由だと思います。
今のように大メーカーなんて無くて、中小町工場が群雄割拠していた時代でしたから。
確かに安定性は悪いです。横転事故も多かったですよ
> なぜ、そんなにミゼットって有名になったのでしょうか?
(当時は)安かったからだと思います。
(その後は)可愛いからだと思います。
海外でも昔は"イセッタ"、"メッサーシュミット"、"ハインケル"なんてのもありましたが、日本とは生い立ち・目的がちょっと違う感じもします。
このサイトも面白いですよ。↓
参考URL:http://www.nakabc.co.jp/auto-3rin/auto3rin-1.htm
投稿日時 - 2003-07-24 07:44:34
お礼
ありがとうございました。
三輪の歴史も面白いんですね。
今ではまったく考えられないですよね。
投稿日時 - 2003-07-24 13:52:25