解決済みの質問
書(字)は人格をあらわすか
中国や日本の歴史物を読んでいると、
「これほどの立派な書(字)を書く人物ならば、それ相応の人物(人格者)であろう」
と言ような表現がしばしば見受けられ、昔から多くの人々が書を通して人物の評価をしてる様子がうかがえます。
実際の所、書(字)に書いた人の人格や人柄がにじみ出たりするものでしょうか?
書道経験、人生経験共に浅い30代ですが、書展に足を運んで作品を眺めるたびに、無意識の内に書(字)から「この人はどんな人柄なんだろう?」と思いをはせ、職場では「書いた男(女)の人かな?」とか、「これは事務慣れした人のようだな」、「書道をしてなくても丁寧に字を書く人だな」と字から書いた人の姿を想像してしまいます。
よろしくお願いします。
投稿日時 - 2010-07-30 02:53:35
いろいろな考え方があると思いますが、筆で字を書くというのはどちらかといえば難しいことだろうと思います。長い間相当の修練を積まないとうまく書けないと言えると思います。楽器の演奏や外国語の会話力などと同じでそれなりのしっかりした人格がないとなかなか上達は難しいのではないでしょうか。また紙が大変貴重であった時代に紙に堂々と字が書ける機会を持つこと自体が大変まれなことだったということもあると思います。日本の戦国時代には大名にはかならず祐筆という職位の人がいたことも参考になると思います。
投稿日時 - 2010-07-31 03:11:29
お礼
有難うございます。お礼遅れて申し訳ありませんでした。
私も自分の字が乱暴なので、丁寧に字をかけるようになろうと思い練習してますが、勤めをしながでは意思が強くないと継続できないので苦労しています。紙が貴重であったからこそ、堂々と字がかけなければ無駄であった・・・。そうですね、現代のように普通に生活していれば字を書き損じても再度トライが可能ですので、字を書く心構えに昔の人よりもイージーになってるのかもしれません。一筆一筆が真剣勝負の時代の人々の心構えを私も見習いたいです。
投稿日時 - 2010-08-14 01:42:51
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ベストアンサー以外の回答(2件中 1~2件目)
>実際の所、書(字)に書いた人の人格や人柄がにじみ出たりするものでしょうか?
一般論としては
時の上手なひとはそれなりに社会経験があって人格も逸脱していないんじゃないか、と思います。
大学の体育会出身者なら体力や気力は常人よりあるだろうな、という程度の意味合いで
ですが
以前の職場に、字が大変上手なひとがいて、特に毛筆が素晴らしいので社是だの今月の目標だのは必ずこのひとに書いてもらっていました。
が、そのひと、人間的にどうかと言うと、気にいらない部下は殴る、顧客には嘘をつく、嘘の責任を意見の事なる同僚になすりつける、おまけに書以外の一般的な教養は中学生なみでした。
しかし、顔立ちや背恰好の見栄えが良く、弁舌は理屈はともかくとして要求を押しとおす馬力はかなりあったので業務成績自体は良かったので若くして取締役でした。
さてこのような人物の人格をどのように評価するか。
彼の達者な書は彼のどんな人格をあらわしているのか。
彼の書を非常に目の高い書家が見た場合、私たち凡人が見る時と違う評価をするのかもしれません。
投稿日時 - 2010-07-30 09:44:06
お礼
ありがとうございます。お礼が遅れて今いて反省しています。
質問者さんのご経験からすれば、人間には様々な側面があって、字が上手でも人柄にはばらつきがあるようですね。字が上手でも、人柄が円満とはかぎらないんですね。
>一般論としては
>時の上手なひとはそれなりに社会経験があって人格も逸脱していないんじゃないか、と思います。
文字を書く量が多い人は、特に事務慣れして流れるような字を書く人でも、書道からすれば自己流の字に思えてしまいます。
知性的な人だけでなく、ワイルドな人がよりあつまって、社会が出来ているとは、本当に不思議なことですね。
投稿日時 - 2010-08-14 01:35:56