解決済みの質問
こんにちは。
以前にも回答したような気がしますが同じ方なのでしょうか?
昭和63年12月中旬~平成元年5月中旬まで大きな手術をする過酷な入院生活をしていました。
病室にはテレビが無く、ラジオが頼りだったので長期間番組変更があり辛かったです。
手術をしたのが2月末で手術を待つ間も苦しかったので
不謹慎ながら『自分の方がどうにかなれば良い』状態でした。
あれから20年以上経った今、おかげで元気に過ごしています。
当時術後直ぐはガリガリに痩せて160cm40kgまで減りました。
お腹が出てきたのをきっかけに3年半ほど前からフィットネスクラブへ月の半分以上通って
今は、体脂肪率15%前後を維持しつつ筋トレの量も増やして160cm56kg(ウエストは72cm)です。
同年代の人間のと比べても良い体型になれました。
今となっては懐かしいけど当時は最低だった思い出です。
投稿日時 - 2010-08-07 17:13:05
お礼
ありがとうございました。
体重40kgですか?そこまで体重が減ればつらかったでしょうね。
当方なんて、正直今体脂肪率15%もあるかどうかわからないんですよね(これより少ないとやせすぎ)
投稿日時 - 2010-08-07 23:33:24
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ベストアンサー以外の回答(13件中 1~5件目)
こんにちは。
再度、アンケート式で回答します。
昭和から平成に切り替わるとき、入院していました。
そのとき、
死という事柄は、客観的に自分に移りませんでした。
自分には寄り掛からないものとおもっていました。
いつものモノが来たという感じで、ソレと同居していたような感じでした。
しかも自分の年齢が、死というものに対する意識をほとんど持っていませんでした。
去年、実際に死に直結しそうな出来事をもらって個人的には明確に判別できるのですが、
それはまた別の話なので、さておき。
いまおもうと、
あのとき自分の生死と重なり合うかもしれないという状況をもし察知していたら、
いったい自分は何をおもうのだろうと、たとえば別人として何を示唆できるだろうと思ってしまいました。
このときは自分がはじめて人前で意識的に涙を流して抱きついた葬儀のほぼ一年後でもあったので、
今後、そういった客観的な状況と自分の状況が重なったとき、どんな心境になるだろうとも思います。
結論としては、
この出来事は、個人的にとても漠然とした、けれど具体的な印象のある思い出になっています。
ここから、脳みその中の意識と無意識の境界線上にたたずんでいる幾つかの事柄が出てきました。
そうやってもらったことに、感謝です。
投稿日時 - 2010-07-31 22:29:26
お礼
遅くありましたが、ありがとうございました。
またいつかそういう事態は起こりえますが、そのときに備えた心構えも必要かもしれないですね。
投稿日時 - 2010-08-18 23:02:26
こんにちは。
入院していました。
確か年末年始でしたね。
当時は年に度々、入院していました。
学校をまた休むことになった、よかった とか、
勉強はまた追いつくから大丈夫だ とか、
テレビではこの情報一色になるだろうな とかです。
時期はこのときかどうか自信がありませんが、
ちょうどこの年代の寒い時期に入院していたとき、
叔母がサンドウィッチを買ってきてくれたのですが、
当日は食べきれなかったので、
部屋に冷蔵庫もないので、
夜、窓の外にビニール袋に包んで吊るして翌朝食べようとしました。
翌日来訪した人(祖母?だったかな)に処分されました。
何かどこか、かなしかったですね、なぜか。
まあ・・・、こういう記憶がまだあるということは、それはそれで貴重です。
投稿日時 - 2010-07-31 20:17:00
お礼
ありがとうございました。
以前当時入院されていた方から回答がありましたが、その方は昭和天皇より自分の命が気になっていて、昭和が終わるまで自分が生きているかどうかさえ保障できないような状態だったそうですが、そういう気持はなかったのでしょうか?
投稿日時 - 2010-07-31 21:13:13