解決済みの質問
織田信長の弱点。
近畿・東海地方を平定した段階に於いて
自信家になってしまった。
自分は他を裏切ることはあっても、部下は
絶対に自分を裏切るはずはないと思ってしまった。
その油断が、僅かの兵しか連れずに京へ入る
事となり、本能寺の変を招いた。
豊臣秀吉の弱点。
卑しい身分から、成り上がったまでは良かったが
家歴代の家臣というものがおらず、常に損得勘定で
人を引きつけておくしかなかった。
領地には限りがあり、これが朝鮮へ出兵する遠因と
なった。
晩年近くになって実子が出来たが、それを守るべき
親戚がいなかった事が、豊臣家崩壊の原因となる。
共通する弱点。
いずれも、天下を取るという意識は旺盛であったが
天下を取ったあとの政治という面での意識が希薄で
あった。
したがって信長は本能寺の変が無くとも、織田家の
天下は長続きしなかったと思われる。
秀吉も、実子秀頼が成人の時まで存命していたと
しても、豊臣家の天下は長くは続かなかったと
思われる。
後の天下人、徳川家康との決定的な違いかと思います。
以上、お粗末な講釈で失礼しました。
投稿日時 - 2003-06-28 17:42:06
お礼
たくさん書いてくださってありがとうございました。
子供も理解できて喜んでます。
共通する弱点にも目をつけられて、さすがだなと
思いました。ありがとうございました。
投稿日時 - 2003-06-28 23:41:10
83人が「このQ&Aが役に立った」と投票しています
ベストアンサー以外の回答(5件中 1~5件目)
弱点かどうかわかりませんが、
織田信長
宗教との対立
近世、現代資本・民主主義国家では遍く税金を徴収する 事は当たり前との感が在りますが中世に於ける寺内町及 び私的関所の廃止、矢銭の徴収による新道仏教会との対 立を共存へと移行できなかった。但し、このような事を 考え付いた信長は中世日本の天才だと思います。
アフガニスタン・イラク等に代表される武力衝突問題 は、信長が行った刀狩の様に一般人から銃器を取り上げ ないと解決しないんでしょうね!
豊臣秀吉について
親族の欠如
太閤記などの書籍では羽柴長秀(後に秀長に改名)が秀 吉に仕えるに当たり妹に田を付けて縁組を結ばした件が 在りますが、親族の欠如を考えるとトテモ田畑を所有し ていたと考えられず、農奴の一家か他方より逃げてきた 後この地に定着し水飲み百姓をしていたのでは無いかと 考えます。
故に我が一家に気を引くため大名に加増の繰り返しその 為数家に叛かれると一大勢力があらわれた。(結局いく ら加増しても豊臣家を引き継いでもらえなかった)ま た、日本の兵を纏めておくため常に戦場を創らなければ ならず朝鮮出兵をしなければならなかったんですかね。
以上、長々と愚見でした。
投稿日時 - 2003-06-29 19:39:29
お礼
そういう考えもあるんですね。感心してしまいました。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2003-06-29 21:53:19
織田信長は、長所は悟り、すなわち人が何を考えているかすぐわかり、それを先回りしては成功させた。
しかし、弱点というか短所は人がどう感じて、どういう思いをしているかという察しについては全く無感覚な人だった。だから明智光秀が自分に謀反しても理解は出来なかった。「であるか」「ぜひもなし」本能寺の変で彼が発したと言われている言葉。信長の人となりを語っている絶妙な言葉だと思います。
豊臣秀吉は、長所は人たらし。
弱点は高貴なもの(織田信長との血のつながりのある女性)に極端に弱い。特に、生涯を通して彼にとって永遠の憧れは信長の妹、お市の方だったろう。
投稿日時 - 2003-06-28 23:38:09
お礼
歴史を大変理解されてるんですね。色々な事がわかっ
て、子供の宿題も華やかなものになりそうです。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2003-06-28 23:51:22
こんばんは
弱点なのか?とにかくみなさんの補足になりますが
なぜ 織田信長は 気が短く 人の言う事に聞く耳持たず だったか
非常に頭の回転が速くとても頭がよかったらしいのですが それを 言葉で表す能力が 劣っていたらしいです 言葉のボキャブラリ-が少なく 一を言われると五 ほどわかってしまう能力があるのに
うまく 伝えたり しゃべる というのがとても苦手らしかったです
もし よく自分の思っていることが 言葉でつたえられていれば 明智光秀 に 暗殺されずにすんだかも....といわれているらしです
投稿日時 - 2003-06-28 23:31:49
お礼
短気であった理由は、そういうことでもあったんです
ね。そういうこともあったのかと、少しびっくりしてい
ます。面白いですね。ありがとうございました。
投稿日時 - 2003-06-28 23:48:24
下記の歌は、小学6年生には少し難解かも知れませんが、戦国時代の3人の代表的な武将の性格をよく表しているといわれます。
鳴かぬなら殺してしまおうホトトギス 信長
鳴かぬなら泣かしてみようホトトギス 秀吉
鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス 家康
信長は天才的な革命家でしたが短気で部下を小道具として使い、最後は部下に暗殺されました。
秀吉は低い身分の出で人の心(本音)を読むのがうまく成功しましたが、肉親の処遇が下手で、心を許せる後継者を残さず病弱死、後に徳川が天下を取るための道作りに終わっています。家康はは若いとき苦労したため忍耐力にすぐれ俗にいう苦労人だったため、あらゆる面から体制が長続きする工夫をして亡くなりました。(大名の配属、参勤交代など)
投稿日時 - 2003-06-28 17:19:47
お礼
ありがとうございました。よく勉強されてるんですね。
家康との比較もわかりやすいです。
子供の宿題は、次は家康らしいので、流れがわかりまし
た。
投稿日時 - 2003-06-28 21:19:36