解決済みの質問
桜で狂うのは日本人だけだからかもしれませんね。
いくら満開でも梅やチューリップでは心がざわつきません。
参考URL:http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/42618_21410.html
投稿日時 - 2010-03-15 08:29:46
お礼
愛憎半ば複雑です。
投稿日時 - 2010-03-15 11:45:32
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ベストアンサー以外の回答(13件中 1~5件目)
>なんの歌かわかりませんが
ケツメイシの「さくら」です。
勢いにまかせて歌うには楽しい曲です。
ラップのとこ、速さ勝負ですので。
>桜の女性はどうなったんですか。
「桜の女性」とは、その遊女のことでしょうか。
でしたら、静岡県の行興寺にお墓がありまして、
樹齢800年もの天然記念物の見事な藤が棚からこぼれんばかりに咲き誇るそうです。
http://kanko.iwatanet.com/history/yuya.html
伝えによると、郷里で宗盛の死を知った熊野は尼になり、
33歳の若さで生涯を閉じたそうです。
また、ご当地「長藤まつり」のパンフには、藤原一門に池田荘の荘司がいて、
熊野権現に願をかけ生まれた娘と紹介されています。
平等院のように藤原氏の一門だから「藤」なのか、それとも、彼女が生前に藤の花を愛でていた趣味の良さからか、
それとも何か別の理由があるのか…
私たちの心一つ、といったところでしょうか。
藤の季節になったら、また何か少しわかる気がするのかもしれないとも思いますが、まだ早すぎますね。
漸く桜の季節となりました。
はなびらが散るさまに、心焦がれるようでもあり。
投稿日時 - 2010-03-29 11:32:46
お礼
30代に何があるってんですか…
投稿日時 - 2010-03-31 12:20:35
>再会することがないならそれまで感情をめちゃくちゃにされたのは何だったのだろうと思うのです。
そうですよね、確かにそう思ってしまうのかもしれませんよね。
先の謡曲では、遊女は無事に暇を貰うことが出来るのですが、
愛人である武将に直接感謝の意を伝えていないのです。
で、何に感謝をしたかというと、
あら嬉しやな尊やな、これ観音の御利生なり
これまでなりや 嬉しやな、
と、花見への道中、車中から六波羅の地蔵堂に向かって、母をどうかお守り下さいと自らが手を合わせていたことから
「観音のご利益」というのです。
なにかちょっと、不思議な気がしますよね、
だって本来なら、暇を出すはずの当の武将に感謝すべきことのようにも思われるので。
そして、最期は
──花を見捨つる雁の、それは越路我はまた、東に帰る名残りかな、東に帰る名残りかな。
などと、まるで「花」を「愛人たる武将」にたとえているかのように、名残惜しそうに去っていくのです。
ここでの「花」も、もちろん「桜の花」ですね。
そうすると、この遊女の醸し出していた憂鬱の美というのは、そう単純なものではないのかもしれないのです。
病床の母のもとに一刻も早く戻りたい気持ちに偽りは無く、
されど、都の愛人の傍にいるのは厭わなかったようでもあり、また、
相手の武将もそれを薄々察知していたからこそ、暇を出さずにいたなどと、
ちょっと独善的ながらも、複雑な両人の心の綾を紐解いてみたりもするのです。
そしてさらに、仮に暇を得られなかった暁には、一体遊女の心持ちはどうだったのだろう、つまり、
その遊女は観音のご利益の無かったことに対し、何か憤怒の気持ちを抱くことなどあり得たのだろうか、
などと思い耽ったりもするのですよ。
「感情をめちゃくちゃにされた」と感じて「誰それが悪い」という責任転嫁をせずにはいられない心境というのは、
女々しい私にはとても良くあることでして、まったくもって恥ずかしいかぎりです。
この「前へ進む」というのは、堂々めぐりから一歩足を外界へ踏み出すという意味であって、
時に「誰が悪い/自分が悪い」と決めつけることなど、本意でも人生の主題でも何でもないはずです。
一度きりの貴重な人生、これからどのように歩んでいくのがご自身にとり最善なのかを冷静に見極めるためにも、
まずはしっかりと体調面を整えることが大切なことのように思われます。
なにぶんパソコンの先からでしか拝察することが出来ませんので、失礼な点はお詫びします。
そして、どうかご自愛下さい。
投稿日時 - 2010-03-26 18:46:28
お礼
とりあえず桜の女性はどうなったんですか。
投稿日時 - 2010-03-27 13:22:53
>なんなんですかね。薄情とかですか。
う~ん。薄情というよりも…。
「さくら舞い散る中に…」の、あの狂おしいまでの桜吹雪からは、
日本男児の中に潜む「脆弱性に対する豊かな感性」をそこはかとなく感じる気がするのです。
「散りゆく桜」は、のちの平家の運命を予感するのでしょうか。
花見に心が急かんとばかりに、
病に伏す母の為に暇乞いする遊女を、無理に連れ出す武将の謡曲があります。
そして、酒宴の余興として、気が乗らず当惑する遊女に舞わせるも、時ならぬ雨が降り出し…。
春雨の降るは涙か桜花散るを惜しまぬ人やある
と歌いながら、夢か現か、まるで狂乱したかのように、
雨の中はらはら落ちる花びらをしきりにすくう遊女のあはれな姿が、
この世のものとは思われないほど雅に妖艶で、
武将方から感嘆が洩れ、一同みな見惚れていきます。
そのあとさらに健気にも、
いかにせん都の春も惜しけれどなれし東の花や散るらん
と、母の命を散る花にたとえ、ついに武将の心をゆり動かすことに。
なすすべもない弱々しい遊女の傷心の姿。
その薄幸で憂鬱な美を、武将はことのほか愛で、自身も鋭く受傷したに違いありません。
そしてまた、
この謡曲は、昭和の時代に新たに蘇りました。
暇の理由が母の病というのは、体の良い口実に過ぎず、
真相は「郷里に残してきた愛人に会いたいがためだった」と創作するのもまた、
日本男児の孕む、「脆さ」「危うさ」の一端を垣間見るような気がするのです。
そして女性というのは、男性が女性に抱く理想や願望ほどには、はらはらと散るほどの脆さなど、持ち合わせていないのかも…♪
ps:失くしものは、失くしたと思っているだけということもありますよ。
投稿日時 - 2010-03-19 00:00:12
お礼
再会することがないならそれまで感情をめちゃくちゃにされたのは何だったのだろうと思うのです。
投稿日時 - 2010-03-26 00:45:47
>桜に関する思想
今や、偉大なる紋切り型、あるいは偉大なるマンネリとなってしまった発想。
その典型的な歌が、宣長の
○敷島しきしまのやまと心を人問はば朝日ににほふ山桜花
ではないでしょうか。
こうした発想は、すでに『古今集』の「花」を詠んだ歌の数々によって完成の域に達していたのではないでしょうか。
○今年より春知りそむる桜花散ると言ふことはならはざらなむ 貫之
○世の中に絶えて桜のなかりせば春の心はのどけからまし 業平
古今の歌人たちは、桜の満開を愛でる気はさらさらなく、咲く前の段階ですでに散る予感を漂わせている桜を愛でることにしか興味も関心もなかったようですね。
このように、古来、日本人は死の輪郭を得て、はじめてくっきりと浮かび上がる生の姿や意味を問い続けてきたのではないでしょうか。
「薄情」と言うべきか、私には見事なまでのデカダンスに思われてなりません。
>日本について考えるにも桜は外せないと思います。
他に桜を怖ろしいまでに印象深く描いた文学として、私にとって「外せない」のは、梶井基次郞「桜の樹の下には」、谷崎潤一郎「細雪」、坂口安吾「桜の森の満開の下」です。
投稿日時 - 2010-03-18 04:12:33
お礼
デカダンスとはなんだろう
投稿日時 - 2010-03-27 03:39:12