なぜ痛みがある場所がわかるのか

解決済みの質問

なぜ痛みがある場所がわかるのか

もし手をつねれば痛覚と
つねられたという視覚情報とから
手が痛いことがわかるのでしょうが
胃とかが痛い場合ってどうして場所がわかるんでしょう?
胃の辺りを蹴られたりした経験とかからですか?

ある場所が痛いのに全然違う所が痛むような
気がすることってあるんでしょうか?

投稿日時 - 2010-03-09 23:32:37

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QNo.5739292

暇なときに回答ください

質問者が選んだベストアンサー

こんにちは。
「痛覚情報」といいますのは大脳皮質「頭頂葉:一次体性感覚野」に入力され、「体性感覚連合野」で認知されます。
一次体性感覚野には手、指、足、表皮、深部、関節、骨、内臓、果たして身体全域のたいへん細かい「身体地図」というのが割り振られています。我々の痛覚はこの地図に入力されるため、それが身体のどの部分の痛みであるかは目を瞑っていても分ります。
ですが、つねられたかどうかは、過去に「つねられた体験」が記憶されていませんと理解することはできません。これが「感覚記憶」です。ですから、生まれてから一度もつねられたことのないひとは脳内でこの「感覚記憶」を再現することはできないわけです(そんなひとはいないと思いますが)。

この感覚を認知する「体性感覚連合野」には一次野の身体地図を基にした「空間座標」というものが作られています。つねられた感じや痛みといいますのはこの空間座標上に再現されます。
そして、この空間座標には体性感覚だけではなく、視覚や聴覚といった、他の感覚情報も入力されています。これは、それが何処に見えるのか、どの方向から聞こえるのかといったことを判断するためであり、これを「空間認知」と言います。これにより、我々は自分の右手や自分の胃袋が何処にあるのかといったことも頭の中にイメージすることができます。
ですから、
「体性記憶:つねられた感覚、場所」
「視覚記憶:つねられた状況」
「聴覚記憶:つねられた音」
「嗅覚記憶:つねられた臭い」
つねられた音や臭いなんてのはありませんが、我々の脳は必ずやこのような「状況」や「記憶」を統合してその感覚を認知しています。
そして、この結果が今度は前頭葉連合野に送られますと、「自分はつねられた」といった論理的な言語情報などと統合されることになります。
これにより、
「自分の右手は今机の上にあり、それが誰かにつねられて痛い。2センチぐらい摘まれている」
この辺りまではその場で判断することができるわけです。そして、目隠しをされていても分るのは、空間認知には視覚記憶が使われているからです。

「つねられる」というのは比較的判別しやすい感覚です。ですが、針で刺されか鉛筆で突かれたのかとなりますとしだいにあやふやになります。
只今述べましたように、痛みといいますのは感覚連合野で統合処理をされることによって認知されます。このため、それが痛覚情報であることは間違いないのですが、一次感覚野に入力されただけでは我々はそれを痛みとして認識することはできません。
ですから、痛いと咄嗟に手を離すのは、これは脊髄反射ですから、脳はまだ自分に何が起こったのかは理解していません。では、痛いと思って良く見たら指に画鋲が刺さっていた、「ひえ~っ!」。
我々の脳が行っていますのは、要は「状況判断」です。そして、ここでその痛みは途端に現実のものとなります。逆に、足に何か刺さったと思ったら石ころを踏んだだけだった、なんてのは良くあることです。このように、我々の感覚にもけっこう流動的であやふやな部分があるものです。

胃袋なんてのはまじまじと見たことはありませんが、先に触れましたように、我々は内臓感覚の空間認知でだいたいのイメージは把握しています。ですから、質問者さんの仰る通りこれは「経験知」であり、空間認知が行われる以上、ここでも必ず視覚情報は使われています。
ですが、蹴られて痛いのが胃袋なのか周りの筋肉なのかは、やはりあまり定かではありません。胃が痛いと思って病院へ行ったら十二指腸だった。幾ら内臓感覚があったとしましても、胃と十二指腸ではちょっとややこし過ぎます。何処が痛いかは、やはりお医者さんに決めてもらった方が安全です。

沸騰したやかんを見せておいてから目隠しをします。そして、そのひとの手に冷水を掛けるといういやらしい実験があります。たいがいのひとは熱湯を掛けられたと思って飛び上がります。
一次野に信号が入力されただけでは我々は痛みを感じません。ですが、連合野で認知されればそれは痛みとなります。これがどういうことかと言いますと、我々の脳は実際に入力されていない痛みでもそこに作り出すのは幾らでも可能であるということです。ですから、刺されてもいないのに痛い、冷たいやかんに触って熱い! このようなことは日常でも起こります。そして、これは「幻覚」に当たります。痛覚でも幻覚や錯覚は起こるわけですね。

ぜんぜん違うところに痛みの発生する病気というのは結構あると思います。では、そうではなく、痛みの発生している場所が間違って認識されたのであればそれは認知障害であり、間違った感覚が発生しているならば感覚失調です。ですが、病気や痛みが切っ掛けとなって幻覚や錯覚が起こることも当然あります。

投稿日時 - 2010-03-10 13:08:15

ANo.5

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ベストアンサー以外の回答(4件中 1~4件目)

ANo.4

>もし手をつねれば痛覚と
>つねられたという視覚情報とから
>手が痛いことがわかるのでしょうが

視覚情報ではなく、刺激の伝達により伝わります。
基本的に痛点で痛みを感知し、その情報を神経で脳に送ることで「痛い」と感じます。

痛点ではなくとも神経が直接異変を感じ、痛みを感じることもあります。
たとえば頭痛は脳の血管の神経から痛みを伝達します。


>ある場所が痛いのに全然違う所が痛むような
>気がすることってあるんでしょうか?

この答えとは少しずれていますが、
体の一部を失った人が、その失った部分に痛みを感じることがあります。(幻肢痛)

投稿日時 - 2010-03-10 11:17:50

ANo.3

>ある場所が痛いのに全然違う所が痛む
これは「気がする」ではなく実際違う場所が痛むのです。
消化器管のうち痛感があるのは上は食道まで下は直腸から下です。
ですから、胃、腸などに異常があっても普通は感じられません。
異常がひどくなると神経節に異常が溜まり「みぞおち」が痛むので、胃が痛いと感じられる場合、胃から結腸(大腸)までのどこかに問題があるのです。
そのため虫垂炎でも最初は「胃が痛い」と言う人が多いのです。

投稿日時 - 2010-03-10 10:49:55

補足

回答ありがとうございます。
胃なのか腸なのかは判断がつかないのですね。

投稿日時 - 2010-03-13 11:31:57

ANo.2

>もし手をつねれば痛覚と
>つねられたという視覚情報とから
>手が痛いことがわかるのでしょうが
背中をつねられたら、質問者さんは痛みを感じないなんて経験をお持ちなのでしょうか?

そもそも痛覚は「ここが危険な状態にあります」ということを知らせる大事なサインです。視覚情報とは関係ありません。

>ある場所が痛いのに全然違う所が痛むような
>気がすることってあるんでしょうか?
これはあります。痛覚の信号が誤って脳に伝えられることによって引き起こされます。場合によっては触覚が痛覚に置き換えられてしまい、何かに触れるだけで激痛を覚えるという難病も存在します。

投稿日時 - 2010-03-10 02:24:22

ANo.1

えぇと....
あなたは手をつねられた場合でも, 目隠しをしていれば「どこが痛いのか分からない」のでしょうか?

投稿日時 - 2010-03-10 00:38:13

補足

そうではありませんが
もし生まれてからずっと(たとえば盲目で)
手をつねられているのを見たことがなかったら
どこが痛いかわかる自信がありません。

投稿日時 - 2010-03-13 11:24:52

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