解決済みの質問
「大人の扉」・・・
ちょっと背伸びしてみたいとか、ちょっと大人の世界を味わってみたいとか・・・
私は、苦いコーヒーであり、コカコーラであり、ビールであり、タバコであり、バイクでした。
タバコは、行くと吸わせてくれるおばさんがいて、口でスパスパやってみただけですが、“これが大人かぁ”と思いました。
バイクも乗せてくれるおにいさんがいて、広場で乗り回し、“見つかったらもう学校に行けない”と思ってました。
コーヒーも、わざと砂糖やクリームを入れないで飲みました。
皆さんは、どんな「大人の扉」をのぞきましたか?
投稿日時 - 2010-03-03 08:52:32
あれは小学何年でしょうか?
親父にすすめられて、旨いから試してみろと。
イカの塩辛のお茶漬けです。
食べるのに勇気がいりましたよ、あの見た目。
ところがもう。箸が止まらぬ旨さじゃないの・・・。
食欲の無い夏場の食前酒にと。
冷蔵庫の自家製梅酒をスプライトで割ったもの。
冷たい梅の実も大のお気に入りでした♪
何を色気付いたのか。とある朝。
親父のヘアーリキッド振り掛けて。
タンチョウチック?を撫で付けて。
登校したら隣の女子に怒られたことがあります。
遠足で山登りだというもんで。
親父の仁丹。こっそり数粒失敬して。
疲れた時にはこれだろと。知らずに噛んで、
山で震えて耐えました。
どれもこれも何年生かがわかりませんが・・・。
投稿日時 - 2010-03-03 20:19:51
お礼
イカの塩辛!!すごすぎます。
丹頂チックもありましたね。父親がつけてましたが、独特の匂いでしたね。
小学校では整髪料は厳しく言われましたから、床屋で変なスプレーをかけられるたびに、学校ではビクビクしてました。
回答を頂き、ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-03-04 22:57:49
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ベストアンサー以外の回答(8件中 1~5件目)
小学校4、5年生の時のことです。小学校の校門の前にあった駄菓子屋の店先に細かく区分された紙箱の一画一画に穴を開けて、底に書かれた数字に応じた賞品をもらえるくじ引きがありました。確か一口(1区画)10円だったと思います。
1等賞はプラスチック製の戦車で、どうしても欲しくなった私と友達は一計を案じて、残りの区画が数区画になり、残り全部を買えるようになるまでドキドキしながらじっと待ちました。それまでの間1等賞の戦車は誰にも当たりませんでした。そして残り数区画になったところで、すかさず店のおばさんに「これ全部買います」。友達はくじを引こうとしましたが、おばさんは、「じゃあ、当たり」といってくじを引かせずに1等賞の戦車をくれました。
友達は不思議がりましたが、その瞬間に私は悟りました、「あの戦車はおとりで、初めから1等賞の当たりくじなんてないんだ。おばさんはそのことが子どもに分からないようにくじを引かせずに戦車をくれるんだ。」と。
大げさにいえば、私はその瞬間に「大人の扉」をのぞき、子どもから大人への一歩を踏み出したような気がします。あの紙箱の残った数区画に果たして当たりがあったかどうか、50年近く経ってしまった今となっては分かりませんが…。
投稿日時 - 2010-03-03 23:25:41
お礼
なるほど、駄菓子の「当てモノ」は、時としていやらしいクジに出会いますね。
束になったタコ糸の先に飴玉が付いていて、手元の紐を引っ張るとどれかの飴玉が釣れる「当てモノ」がありました。
「当たり」はとりわけ大きい飴玉ですが、絶対に当たったことがありませんでしたね。
きっとタコ糸とつながってないんだと思いました。
回答を頂き、ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-03-04 23:06:06
幼児の頃から少し渋い幼児だったので、大人・・・というか中年の世界も味わってたかもしれませんね。
まずは、保育園のときに家族旅行で温泉に行ったことがきっかけで、温泉のとりこになってしまい、何と、保育園のお別れ遠足(年長児対象でしたが、なぜかお別れ遠足が3月ではなく、1月に行われました)にて、動物園の案を制止して日帰り温泉旅行になったことがありました。(保育園の問題児兼ボスの私の意見がなぜか多数で決まったために)
その後、幼稚園になり、レストランでは、決まって「○○重」ばかりを頼んでいましたし・・・
また、カラオケで演歌を歌うようになったのもこの頃から・・・
そして、3年のときに、友人の家で特撮系のビデオを見ていたら、その後に時代劇のエロビデオらしきものが入っていて(おそらく、アニメのほうが時間的には圧倒的に短いために、エロビデオの冒頭はアニメで上書きをされたのでしょう)、もちろんその後はそのビデオの鑑賞会。
5年のときに、少し怪しそうな名前のビデオを見かけたので、とりあえず部屋に隠しておいて、親が寝静まったときに隠れて鑑賞。
6年の時には、友人3人と花火を買うために小学校の学区外に自転車で行き、挙句の果てに友達の身内の家があって、友達がお小遣いをもらうためにと中学校の学区外とも言える、家からだと35kmくらい離れたところまで自転車で行きました。
(このとき、私の友達が私を心配して探してくださったそうです・・・ありがとうございます)
今思えば、笑い話になるかもしれません。
投稿日時 - 2010-03-03 17:31:12
お礼
回答を頂き、ありがとうございます。
うーん、なかなか大人の体験してますね。
温泉渋い、重モノ渋い、ビデオ渋い・・・
私が小学校の頃はまだビデオはない時代で、でかい水着のポスターとかでしたね。
友達の家に行くと、たいてい壁とかに貼ってありました。
ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-03-04 22:49:39
大人の世界・・・ですかあ。
1年生ぐらいの時、父が飲んでいたビールをこっそり横から、ウヘ、苦い・・・と。あれから酒好き女になっちゃったのかも。
3年生ぐらいだったかな、家族や看護師さんたちやお手伝いさんなど手が空いた全員がお三時に集まってお茶するのがわが家の日常、自宅で挽いて淹れたコーヒーをみんなで楽しむときに、私も兄もミルクで薄めないコーヒーをはじめて飲ませてもらえたことも。思えば、あの日のコーヒーより香ばしいコーヒーにまだ出会っていない。
4年生の頃、アメリカに住んでいる親戚から送られた大きな小包の中に詰め物代わりに入っていた、古い時代の、でもまだピンとしてとても綺麗だったまるまる一冊の「LIFE」誌、以降この一冊が私の大人としての文化形成?のスタートライン。興味がある写真のキャプションの意味を知りたくて、初めて英語の辞書を引いたこと。あの瞬間から50年代のアメリカ大好き女になっちゃった。
5年生の頃に、当時は父が往診に使っていたホンダのスーパーカブを兄と一緒に内緒で交代で乗り回したことも、ああ、あの自分で起動させたエンジンの鼓動と感動は今も忘れられない。
でも、今になって最高に大人になった瞬間だと思うのは、5年生の頃、家で飼っていた雌ネコの出産を目撃したこと。オスとメスのワンちゃんが変なことをしている、その行為とネコのお産という二つの事実から、突然その相関関係に気がついたのでした。オスとメスは、いえ、人間だって、あの行為によって子供が出来るという真理を。親も、学校の先生も、世の中の男女はみんなあんな浅ましい行為をしているのだし、だからお腹が大きくなるのだと。あれはショックだった、でも、なんだかとてもスッキリしたさわやかなショックだった気がします。
投稿日時 - 2010-03-03 11:42:48
お礼
LIFEは学校の図書館にもありました。私にとっては異次元の文化という印象でしたね。
>雌ネコの出産を目撃
性について分かり始めるのが小学校高学年頃ですね。
女の子は性教育がありましたが、男の子はよく分からず何となく覚えていったという記憶があります。
少なくとも、親から教えられたことはありませんでした。
回答を頂き、ありがとうございました。
投稿日時 - 2010-03-04 22:45:36