解決済みの質問
はっきり言って、そういう比較対象が不明なまま「下がった」と言われているのが、学力低下論争の大きな問題です。
昨今言われている「ゆとり教育」見直しなどの直接の契機となったのは、03年に15歳~16歳を対象に行われたOECD(経済協力開発機構)の調査の結果、00年のものと比べて数学、読解力、科学の順位が下がった、というものです。
ただ、ここでポイントとなるのは、この調査は00年が第1回であり、03年が第2回、06年が第3回でしかない、ということです。つまり、仮に比較したとしても、それは、00年と03年の比較でしかない、ということなのです。
さらに、この調査は、第1回の参加国は32カ国、第2回は41カ国、第3回は56カ国と参加国が増加しています。そして、その第1回に参加していなかった台湾や香港などがその後の調査に参加することで順位が落ちた、というような部分もあるのです(ただ、確かに点数そのものも下がっている部分はあります。ただ、その点数の差が、統計的に優位差のあるものかどうかは、ちょっとわかりません)
まず、学力低下論争が始まったきっかけとなった部分については、このようなものがあります。
それから、学力低下が騒がれる場合によく言われるのが、同じ大学や同じ高校などのベテラン教師が、「昔と比べて、学力が低下した」なんていうものです。
これは、ハッキリ言って、児童全体の学力のレベルとは全く異なる次元の話。
この原因は簡単で、少子化、です。
これは、私の母校の高校の例、という極めて限定的な例なのですが、モデルとしてわかりやすいと思うので、挙げます。
私の田舎は過疎地域で、10年前と現在では、人口、特に高校生人口が3分の2まで減少しました。
一方、私の母校の高校は、地域ではトップ校と言われていたのですが、その募集人数は10年前も現在も変わらず300人ほどです。
ということは……
仮に、3000人から2000人に減った、として、3000人の高校生が地域にいた頃は、300人というのは、上位10%の成績の生徒でした。ところが、高校生人口そのものが2000人に減ってしまったわけなので、上位15%まで入れるようなりました。つまり、3分の1の生徒は、10年前では入れないレベル、ということになるわけです。
その意味で、この高校の受験偏差値は低下しています。しかし、では、地域の全高校生の平均学力が低下したのか? といえば、そうは言い切れません。
学力に関する全国的な調査というのは、長らく行われていなかったので(もっとも、中止前、そして再開後の全数調査というのは、費用対効果など、様々な問題があるのですが)、そういうところについて、比較材料がハッキリとは言えない状況です。
そんな中、(多くの場合、学力的に優れていた)大人が、自分の身の回りでのちょっとしたことを大げさに取り上げている部分が多い、といえるでしょう。
仰るように「どの世代と比べて下がった」なんていうはっきりとした指標を示さないのはその証左と言えます。
投稿日時 - 2009-12-17 01:22:36
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ベストアンサー以外の回答(6件中 1~5件目)
学力低下と学力調査
文部科学省の2008年度全国学力・学習状況調査結果の委託研究報告には、
『正答率は年収が多くなるにつれて上昇した。1200万円以上1500万円未満だと200万円未満より20ポイントも高まった』とあり、続いて、
『1500万円以上では正答率が微減に転じた』とあります。
この調査から約60年前、敗戦直後の昭和23年にも、アメリカ占領軍GHQ傘下のCIE(民間情報教育局)が、占領政策の一環として「日本人の読み書き能力調査・識字調査」を実施したが、その報告書の中にはこうあるといいます。
『(1)小学校に行かない人、(2)小学校中退の人、(3)小学校卒業、(4)高等小学校(二年制)卒業の人、この(1)(2)(3)(4)の間にはそれぞれに成績に顕著な相違があった。就学年数と文字能力との間には強い因果関係がある。』
つまり60年前の占領軍の調査と2008年の現代の文部科学省の調査で共通していることは、「学力の問題」とは結局「就学機会の問題」であり、そしてそれは「スクール」という英語の語源がラテン語の「スコラ・暇」で「暇=お金」がなくては行かれない場所が「学校、学習塾」であるとおり、「親の富の問題」と強い並行関係にあるということです。
「子供の学力低下・向上」という道は、どの年代の人であれ、結局「親の富の再配分」という交差点にたどり着かざるを得ないと思います。
投稿日時 - 2009-12-19 09:47:33