死にたいです。文明人として生きていくのはこんなにも辛いのに、どうして世間の殆どの人は毎日こんな苦行に耐えられるんですか?(5/5)

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死にたいです。文明人として生きていくのはこんなにも辛いのに、どうして世間の殆どの人は毎日こんな苦行に耐えられるんですか?

私は鬱と不眠症でこれまでずっと薬にたよった生活をしてきたんですが、
今日の昼から今までにもまして死にたい衝動に駆られています。
厭世観がもの凄くて、わざわざこんな辛い思いまでして生きていこうとする積極的理由が見いだせません。

顔を洗ったり、お風呂に入ったり、買い物に行ったり、
部屋が汚れないように掃除や片付けをしたり、
日用品を補充したりするような、
文明人として最低限の生活を破綻させないための仕事すらこなしたくありません。

こんなにも大変な思いをしてまで生きていく意義が、今は見いだせません。
本当に辛いです。

がんばって回答して私の自殺をとめてくださいとは言いません。
大人は、生きていてよかったと思えることよりも辛いことの方がずっと多いはずだし、
通勤電車で見かける人は実際にみんな辛そうな顔をしているように見えるのに、
どうやって、そこまでの苦行を打ち消すほどの生き甲斐を見いだしているのか
本当に不思議なのでそれを教えてください。

”別段生きる意味はないけれど、死ぬことで周囲に迷惑をかけたくないから、わざわざ死なない”
というような消極的な理由ではなくて、積極的な理由でおしえてください。
なぜみんな生きているのですか。

ネクタイとドアノブで簡単に死ねるのを知っているので、もう
ドロップアウトしようかと思ってしまいます。

たまたま来週まで休みを取ってあるので、1週間くらいは一日中寝たきりでも
生活は(社会的な意味で)破綻しないはずなので、がんばってその間に身辺整理をして、
遺された人のために貯金を下ろしたり、
経済的・日程的負担をかけないために葬儀は行わない旨を遺書に書いたりと、
少しでも親族や周囲に迷惑をかけないように、逝く前に今のうちになにかできることはないかと、
悲観的な方に考えてしまいます。

自殺に当たり、私に対してこれまで精神的・経済的に無償の投資をしてきた両親や親族には、
申し訳なさで言葉になりませんが、鬱で社会的に死んでいく姿を彼らに見せるよりは、
どうせなら健康体の今偶然の事故にでも見せかけて死んでしまった方が、
彼らの面子もつぶれないだろうし、彼らの精神衛生上もそのほうがいいんじゃないかと思っています。

恋人も私の鬱をおおかた知っているんですが、
医者やカウンセラーでもない人に依存的になるのは大人として本当に情けないことだと思うし、
鬱は伝染することがあるので、これはできません。
また、彼女はあまり賢くないので、一生懸命まじめな話をしたところで実のある相談相手には、
残念ながらなってくれそうにありません。
鬱が酷くなり自棄になって彼女に求めてしまうことが何度かあったんですが、私が抑鬱的になってるのを知ってるはずなのに、
もっとちゃんと唾液でぬらしてだのと、そういうときに無神経にも叱咤するような残念な人です。
恋人の代わりなんていくらでもいるし、女の人の恋愛は基本的に”上書き保存”のようですから、
私に亡くなられたところで彼女は長期的にはほとんど困るはずがありません。

親友と言えるような友人だって、所詮私は親兄弟ではない他人の中の one of them ですから、
いなくなったところで、たぶん誰も長期的には困りません。

もう病院にも行きたくありませんし、今処方されている薬・投薬量以外に最善の対策は見当たらないので、薬にはもう頼れそうもありません。

医者や身の回りの人に相談したときに、よく言われる、
”そんなに真面目に考えなくても適当に生きていけばいいじゃない”といったアドバイスは
気持ちはわからなくもないんですが、事実文明人として生きるのはこんなに辛いのに、
生きるための理由を、”そんなに真面目に考えない”事が出来るようになるには、
どうすればいいかを一緒に教えてくれないことには答えになりません・・・・。

比較的鬱が深刻でなかったときは、鬱を和らげるために
散歩をしたり、お金を使って得られる限りの物質的な快楽を得たり、
音楽を聴いたり、映画を観たり、一日中図書館に居たり、小動物を飼ったり、絵を描いたり、勉強をしたり、運動をしたり、
いろいろ試しましたが今はそういうのもしたくありません。

投稿日時 - 2009-11-24 01:58:48

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回答(22件中 21~22件目)

ANo.2

まず「鬱」は病気、ですね。
だから、病気のあなたが辛いと感じることも、病気では無い人にはそう大した事でも無いのかも知れませんよ。

そうねぇ。
別の例にたとえるなら、高熱が出て辛いとしましょう。もう、何もする気にはなれませんよね。横たわっていても辛いし、トイレに立つのも辛い。
でも、平熱の人はそんな事無いんですよ。辛くないし、日常生活の動作が辛いなんて気付かない。
そういう「差」があるんじゃ無いでしょうか。

私は鬱の友人からこの「たとえ話」を聞いて、はじめて「鬱」を身近に感じたものです。

だから、健康な人に「どうして平気なの?辛くないの?」と聞いても「は?別に」と返ってくるのが、至極当たり前な気がします。

生きる事に意味を見出せないとありますが、病気じゃ無い人は「生きる意味」なんて考えてない人が大半でしょう。
「死にたくないから生きている」程度じゃ無いですかね?
あなたが思っている程に「辛い」なんて感じてないから。
これは消極的な理由では無くて、あえて言うなら「積極的な理由」なんか無い、と言った方が適しているのかもしれませんね。

あなたが死にたくなったり、生きる為の理由を欲しがったり、まじめに考えなくても済む方法を模索したりするのは、すべて「鬱」という病気のせいです。

発熱したら熱が治まるまで、投薬したり安静にしてやり過ごします。
「鬱」も症状が出てる時には、「これは病気のせいだ」とやり過ごす技を身に付けると、随分楽らしいですよ。
もっとも、これは「友人の例」であって、あなたにもあてはまるとは限りませんがね。

自分なりの「鬱との付き合い方」が見付かると良いですね。




ちなみに、私は自殺願望者を引き止めるほど聖人ではありません。
でも「死にたい感情」が「鬱という病気」のせいなら、治療すれば良いだけなのになぁ、とは思います。

文末の鬱を和らげる為の方法も、義務になっていては鬱には逆効果だと思いますよ。


あなたの望む回答になっていないかもしれませんが、鬱の治療に正答は無いんじゃないかなぁ。

投稿日時 - 2009-11-24 02:30:41

ANo.1

あなたの生命に関わることなので生きろとは無責任に言えません
その上で回答します



あなたの気持ちはよくわかる
毎日満員電車に乗って定年までこき使われようやく休めるころには老人になっている
おまけにそれまでには上司からのいじめや様々なストレスを受けなくては生きてもいけない
人生の楽しみと言えば酒、女、金
そんな世の中ですよね今の日本は
ですけどこんな異常に働き異常に世間の目を気にしたりする国なんて日本だけなんですよ
自分はオーストラリアにホームステイに行ったときにようやく気づきました

学歴社会、時間は一分一秒刻み、世間体、自殺者世界一

こんなストレスある国はそうありませんよ


世界に出てみて下さい。自分がちっぽけに感じますよ。
外国でのんびり働きながらのんびり生きましょうよ

投稿日時 - 2009-11-24 02:20:22

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