解決済みの質問
郷土史研究者ではありませんが、私の手元の史料をそのような目でぱらぱらと見直してみると、村が出てくるもので一番古いものは、建仁二年の日付になっています。つまり13世紀初頭です。
この資料は、丹波の観音寺という真言宗の古刹の史料に保存されている、同寺の別当職補任状です。内容はざっと以下のようなものです。
下 六人部新御庄政所 補任高津村観音寺別当職事
平高盛
右人補件職 早任先例 可致寺務沙汰之状如件者 庄宜承知 敢勿遺失故補
建仁二年三月□日 (花押)
「高津村」というのがこの観音寺のあった村名で、現在では昭和の市政施行以来、高津町となっています。
少し時代が下りますがこの他にも、既に貞和二年には、例えば足利尊氏がある寺院に土地を寄付した際の寄進状に「丹州春日部庄内中山村事」と記されているものがあります。もちろん花押も付された正式なものです。これは一例で、貞和の頃になると、村という表現のある史料は私の手持ちの史料の中にもそこそこ見つかります。
より下って文安の頃の史料では、同じ地名についてある資料では〇〇村、別の資料では〇〇郷と記されており、必ずしも一定した呼び名ではなかったということが伺えるように思われます。郷、村、さらにその下に行政単位としての保、名などがあったのだと思いますが、それらの間のニュアンスの異同が地域によっても多少あったようで、残念ながら門外漢の私には詳しい事はわかりかねます。
投稿日時 - 2003-04-10 20:17:19
お礼
思ったより古いんですね。
調べるの大変だったと思います。
どうもありがとうございます。
投稿日時 - 2003-04-11 08:56:34
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