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回答(1件中 1~1件目)
貴方のおっしゃる人物に相当するかどうかわかりませんが
シチリアの有力なギリシア人植民市シュラクサイ(シラクサ)の将軍だったヘロリスでは?
彼がシュラクサイの軍を育てたわけではありませんが
シュラクサイの僭主になったディオニュシオスに追放され
後にディオニュシオスが南部イタリアに侵攻した際に
南部イタリアのギリシア植民市連合はクロトンに亡命していたヘロリスを連合軍の司令官に推挙
ヘロリスは南部イタリア植民市連合軍を率い仇敵ディオニュシオス率いるかつていた祖国シュラクサイの軍と戦いました
しかしヘロリスは戦死し連合軍は敗れました
あとはアレクサンドロスより半世紀前に対ペルシア遠征したスパルタの名将アゲシラオス王の片腕になったアテーナイ人クセノポンとか
投稿日時 - 2009-06-28 22:48:00
お礼
ありがとうございました。
ただ、ギリシャ本土のポリスだと思います。
「自国で不遇を囲い他国に渡り兵を鍛え、
それが認められて自国に戻され司令官となったが、
自分が手塩にかけた軍と戦うこととなり敗れた」という
皮肉な結末を迎えた軍人がいたような気がするのです。
しかし、私の記憶違いかも知れません。
もしそんな話が本当にありましたら教えてください。
投稿日時 - 2009-06-29 17:03:57