解決済みの質問
おもろい質問ですねえ。
すなわち…
言い換えれば…
同じことであるが…
勿論…
当然…
したがって…
よって…
だから…
ゆえに…
つまり…
すると…
明らかに…
以上から…
結局…
まとめれば…
ただちに以下が言える:…
以下は自明である:…
考えてみればいろんな表現を使ってるもんですが、いずれも「そこまでの推論を受けて、次の推論をした」ということを示しているに過ぎないですね。
stomachmanの場合、単調になるのを嫌い、あるいは推論のまとまりをやんわりと表現するために使い分けます。「すなわち」「言い換えれば」はとても簡単な導出だよということを表すのに使う事が多いです。「勿論」「当然」もやはり簡単に出てくることであって、しかも話の筋からちょっとはずれる傍流の結果を述べる。「以上から」「明らかに」「結局」「まとめれば」「ただちに以下が言える:」「以下は自明である:」は読者の注意を引く効果が狙えそうなので、それまでの議論を大括りにまとめて結論めいた事を言うのに使います。ことに「結局」は証明の一部の記載をすっ飛ばして手抜きする時に出てきます。∴は「だから」と読んでますが、これも結論めいたことを述べる際に使います。
それらに比べて、「よって」「だから」「つまり」「したがって」「ゆえに」などは大したニュアンスを担っていませんね。「つまり」や「ゆえに」も、結論のようなものを言う時に使うんですが、「結局」などと比べるともっと軽い。いや、飽くまで「stomachmanはどうしてるか」というだけの話です。
ま、知る知らないの問題じゃなくて、単調になりがちな証明にメリハリを与えて読者を引き込む「演出力・表現力」の問題でしょう。何か新しい言い方を発明してみるのも面白そうです。
投稿日時 - 2003-03-25 22:00:26
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ベストアンサー以外の回答(6件中 1~5件目)
よって、よって、よって、よって、、、、、おっこっちゃったぁ―☆ズッコ
図形の証明とお書きでしたので、ふと、長いすの少し空いたスペ-スに両脇の人たちが気をきかして「よって、よって、よって、よって、、、」と、少しづつよっていく様を思い描きました。同一語句を繰り返し使うと、先頭の語句にひきづられるというよりも同じ語句であってもはじめの「よって」によって導かれたものと次の「よって」によって導かれたものまたその次の「よって」によって導かれたものは関連づいてはいるものの、その個所、その個所、その個所でみていけば個別に検証をおこなっている。「よって、よって、よって、よって、、、、」と、「よって」にしろ「ゆえに」にしろ単調になることで個々の個所に目を注ぎこむ効果が低下するのではないでしょうか?要所、要所でことばを使い分けることで個々の個所に目を注ぎこむ効果を呼び覚ますのではないでしょうか?
余談ですが、中学1年の時、担任(理科の担任の先生)の口癖が「したがって――――」でした。このフレ-ズが当事クラスでブ―ムだったのを懐かしく思い出しました。もうそろそろ先生がこのフレ-ズをいうだろうなというあたりでわくわくしたのを覚えています。
投稿日時 - 2003-03-29 01:07:37
基本的に同じ意味だとは思いますが、一応大辞林によると
「よって」
(1)(接続)
〔漢文訓読に由来する語〕先にあげた事実から導かれることを述べるときに用いる語。こういうわけで。それだから。
「我思う。―、我あり」「この地は温暖多雨である。―、植物がよく繁る」
(2)(連語)
原因・理由を表す。…であるから。
「ゆえに」
(接続)
〔「よりて」の転。漢文訓読に由来する語〕そういうわけで。そのために。それゆえ。従って。
「起立多数、―本案は可決されました」
参考URL:http://jiten.www.infoseek.co.jp/Kokugo?pg=jiten_ktop.html&col=KO
投稿日時 - 2003-03-21 22:06:37