解決済みの質問
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B1%B1%E5%8F%A3%E5%BC%81
>伝統的な山口方言ではなく、1970年代頃から主に若年・青年層の間で使用されはじめた新方言であり、急速にほとんどの年齢層へ普及した。
・・・とあるのですが、「ぶち」について、私は若者方言だという認識はありませんでした。
果たして、「ぶち」はいつ頃から使われていたものなのでしょうか。
父に確認したところ、物心ついた頃(戦争前)には使っていたらしいのですが・・・・。
投稿日時 - 2009-04-06 07:52:42
>元々この語は、1970年前後頃から山口県で使われるようになった流行語(若者語)で、伝統的山口県方言ではありません。
このくだりは防府市職員の森川信夫氏の「山口弁よもやま話」の一節のようです。
さて、「ぶち」ですが、私は1943年山口県西部の生まれで、小学生の頃は沢山ある方言のうちの一つとして、しょっちゅう使いはしませんでしたが理解はしていました。
1960年頃およそ40キロ西の下関に転居しましたが、この時には「ぶち」はとても流行っていて私達若者の間では方言の中でも別格的に意識されていました。つまり「ぶち」は特に強く発音されていました。
上記引用文の作者森川氏はその事実とは異なる解説をしている事から山口県中央部の防府市近辺では「ぶち」は使用されていなかったことが判ります。
ところで森川氏は「山口県方言」とひとくくりにしておられますが、それは実情と少しかけ離れていて、もっと小さい「頻繁に人が交流している地域」ごとに特色が異なっているのが方言の通常のあり方で、この「ぶち」も多くの例の一つだと思われます。
その一つの証拠に防府市近辺では特徴のある発音を、防府から1時間西方で育った私達が使うことがありませんでした。
つまり山口県の各地で使われた方言を集めてひとくくりに「山口弁」と言うことは出来ても、県内共通語としての「山口弁」は左程多くはない(もしかしたら存在しない?)と言う事です。県内東方の方言は広島弁に近いですし。
そのあたりの誤解から最初に引用した一節が生まれたのではないでしょうか。
私達はサイト上にある情報だから正しい、書物に記載されているから間違いはない、とつい思い勝ちなのですけど、案外それは落とし穴かもしれませんね。
投稿日時 - 2009-04-06 17:28:06
お礼
有難うございます。的確なご推察だと思います。
私も私の父も山口県東部育ちなので、「ぶち」を使うことに始めから違和感はありませんでした。
もともと防府以西ではあまり使われることがなかった「ぶち」が、1960年以降、東部以外の若者を中心に広まったため、山口東部以外に住む人にとっては、あたかも「若者の新方言」のように感じられたのでしょうか。
山口弁は東西でかなり違いがあるので、私にとって西部の言葉は意味が分からないこともあります。(「~そ」とか「~ほ」のニュアンスがいまいちつかめません。) 仮に、東部の若い人の間に西部の方言が流行ったら、新方言だと思うかもしれませんね。
投稿日時 - 2009-04-06 20:03:57
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ベストアンサー以外の回答(3件中 1~3件目)
私は生まれも育ちも山口県ですが、面白いことですね。
「ぶち」は、言葉としては古いものだと思います。
ただし、副詞としての使用は、意外と新しいものなのかもしれません。
本来は「ぶち壊す」というふうに、標準語でも用いられた接頭語ですが、
そのために、昔から使っていたように錯覚されることがあるのでしょう。
◎参考:「山口弁よもやま話」
→ http://www.ysn21.jp/furusato/yomoyama/text3.html
投稿日時 - 2009-04-06 13:00:09
お礼
私の父は太平洋戦争前から、「ぶちえらい」「ぶち大きい」のような使い方をしていたそうです。
ただ、山口県の西部や北部では馴染みのない使い方だったのかもしれませんね。
投稿日時 - 2009-04-06 19:50:48