• 締切済み

平安時代の文学

平安時代に女流文学が盛んだった理由を調べています。 ほんの些細なことでも結構です。 何かご存知でしたら、お教えください。 よろしくお願いします。

みんなの回答

回答No.5

奈良時代は中国から入ってきた漢字を日本語の発音に当てはめた真仮名を使っていました。 今のローマ字みたいな感じですね。 平安時代になってそれでは使いにくいということで平仮名と片仮名が出来ました。 でも平仮名は女性・子どもが使うものという意識が強く、男性の貴族は日記は漢文(中国語)で書いていました。 当時の日記は私的なものではなく、公の記録的なものでした。 平安初期、醍醐天皇が国風文化を推し進めました。その時、たまたま急逝した従兄弟の代わりに勅撰集の選者に入った紀貫之が勅撰集の序文を真仮名から平仮名に変えました。(用意されていた真仮名の序文は巻末に付けられられました) 日本人の気持ちを表すのは平仮名を基調にした和文しかないのだとした紀貫之は日本で最初の仮名日記も書きました。これで女性が文学をしやすくなりました。 はずみがついたのは藤原道長の娘、彰子の入内からです。 ライバル、一条天皇の中宮定子の女房には清少納言おり、その文才が宮中では大評判でした。 一条天皇は聡明で美しい定子と打てば響く清少納言のいる定子のところに行きがちでした。 彰子のところに来て貰わないと道長は困ります。子どもが出来ないと外孫政治が出来ませんからね。 それで道長は清少納言に対抗出来そうな女房として、亡くなった旦那さんを偲びながら実家でボチボチ物語を書いてた紫式部をスカウトしてきます。 同じような理由で女性として初めて歴史文学を書いた赤染衛門、歌人、和泉式部・伊勢大輔といった錚々たるメンバーが一同にかいし、有力な男性権力者の庇護のもと筆を競うことになったのです。 ご存じかもしれませんが紫式部と「蜻蛉日記」の藤原道綱の母、「更級日記」の菅原孝標女の3人は親戚です。文才のある家系ですね。 ちなみに世が乱れると真っ先に出来なくなるのが文学で、特に女性は文学があまり出来なくなります。 女性の文学が盛んな時代は平和な時代なのです。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • misoka
  • ベストアンサー率35% (56/160)
回答No.4

補足というか、注意というか... 「なぜか」を考える手段としては、他の時代と比較するという方法も ぜひ、試してみてほしいと思います。 たとえば、江戸時代の大奥からは文学は生まれてないみたいですよね。 そう考えると、ヒマな立場の人がいたからそこから優れた文学が 発生したんだ、という説があるとすれば、それは何となく短絡的 なんじゃないかと疑ってもいいような気もします。 もちろん、単に「かな文字が使えたから」という理由も、あまり 十分なようには思えません。 いわゆる女流文学が隆盛した理由は、もちろん優れた作者がいた から、ということになりますが、問題なのは、なぜ優れた作者が 多く現れたか、(あるいは育ったか)ということになるはずです。 それは単に女がヒマだったからでもないし、文字が簡単になったから でも、紙がどうのということでもありません。それが仮に必須の 要素であったとしても、本質的なことではないと思います。 そういうレベルの話では、何かを説明したことにはならないでしょう。 仮に学生向けの文学史の解説に、そういうようなことが書いてあった としたら、それはちょっとピントがぼけているってことじゃないかと 思います。 そこのところは、注意したほうがいいように思います。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
noname#160411
noname#160411
回答No.3

どんな文学史の本にもそれくらいの記述はあると思うのですが…。 後宮に暇な才女がゴロゴロしていたことと、仮名文字の発達に伴って文章表現が楽になったことでしょうね。当時仮名を使うのは女性だけですから。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • nuts
  • ベストアンサー率36% (141/389)
回答No.2

紀貫之は「土佐日記」を、女性のふりをして書きました。(元祖ネカマか?・笑) 「土佐日記」の解説には、なぜ彼が女性のふりをしたのかが必ず書いてあると思うので、そのへんから調べてみるといいのではないでしょうか。

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。
  • gonta-11
  • ベストアンサー率36% (39/107)
回答No.1

 学生さんかな? なんとなくそうではないかと思いましたので、きっかけだけいくつかご紹介しましょう。あとは調べてみてください。勉強ですからね。  1、紙について。  2、男性は仕事でしたが、宮廷の女性は何をしていたのでしょうか?  3、「万葉仮名」というものがありますね。あれを使いこなすのは相当難しかっ  たはず。今、私達はどんな文字を使っていますか? ちょっとわかりにくいですか?   

全文を見る
すると、全ての回答が全文表示されます。

関連するQ&A

  • なぜ平安日本の後宮だけ文学作品が生まれたのか?

    平安時代には枕草子や源氏物語など、後宮の女性が書いた文学作品がありますが、江戸時代の大奥や、あるいは中国やイスラム世界など外国の後宮ではこういったものは無かったのでしょうか? 中国だと女流詩人は何人かいるようですが、「小説」が「史書や詩に比べてくだらない物」という意味で使われていたというのを聞いた事があり、物語などを書いても後世に残らないのかとも思いました。 ご存知の方ご教示ください。

  • 平安時代の女房文学の文学史的、社会的背景

    平安時代の女房文学の隆盛について、文学史的、社会的背景は何ですか? 人名、作品名などの実例を示しながら、説明してくれませんか?

  • 初心者にお薦めの平安文学を教えて下さい。

    芥川龍之介の短篇に平安を舞台にしたものが多く、 それをきっかけとして、平安時代についての関心が高まりました。 さっそく、図書館で図版などを読んで得心していたのですが、 肝心の文学については、どれから手を着けて良いのか分かりません。 「平家物語」「源氏物語」のほか日記文学など色々あって、 当然の事ながら古文に属するので次々と読めるものではありません。 平安文学の入門書として、これを読め、という平安文学があれば、 是非教えて下さい。 寝る間も惜しんで浸ることの出来る文学はありますか・・?

  • 平安時代の女流作家

    平安時代の女流作家、たとえば紫式部や清少納言など、姓名が伝わっていないのはなぜなのでしょうか?少納言とかって役職名ですよねえ??

  • 古典文学について

    10世紀から11世紀の平安朝の貴族社会では、どうして多数の女流文学者が生まれたのかなるべく詳しく教えてください。

  • 平安時代の人はよく泣いた?

    平安時代の王朝文学を読んでみますと、 人々がよく泣いている印象があります。 実際に今の人よりもめそめそしていたのでしょうか? だとしたらその理由は何ですか? 物忌みや方違えなどの迷信を信じていた精神構造と 関係があるでしょうか。 気弱い⇒迷信深い⇒よく泣く、と因果関係があるように 思いますが、どうして気弱いのかがわかりません。 よろしくお願いします。

  • 平安時代のような古代における女流文学の興隆は日本のみ?

    日本以外の国における、女流文学の歴史について知りたいです。 日本の古代には紫式部や清少納言など、優れた女流文学者が多くいましたが、実はこれは世界的に見て非常に稀なことだと聞きました。 古代における、日本以外の国の女流文学は、そんなに少ないのでしょうか? 初期の日本の文化は中国や朝鮮からやってきたと思いますが、古代の中国や朝鮮には女流作家はいなかったのですか? また、アジアより先に文明の発達していた他の国々ではどうですか?

  • 平安文学

    源氏物語以外の平安文学を読みたいと思っているのですが、簡単に読める作品はありますか?できれば京都が関連するものをお願いします。

  • 平安時代に行ってきます。

    これから平安時代に行くのですが、何か注意すべきことはありますか。 平安時代の人に何をあげたら喜ぶでしょうか。

  • 平安時代の文学で

    平安時代頃の小説だと思うのですが・・・ 女性が自分より身分の低い男性に恋をするのですが忘れられず、その男性の人形を彫る、というようなストーリーの話のタイトルと作者名がわかる方はいませんか?高校の教科書に載っていた気がするのですが・・・。どうか教えてください。

このQ&Aのポイント
  • VR-4HDを使用して対談番組の収録を行っていますが、映像に遅延やカクつきが見られます。
  • 遅延の原因は編集にも関係していますが、カクつきは熱暴走が考えられます。
  • 撮影間隔を空ける、冷却ファンを使用するなどの解決策があります。お詳しい方のアドバイスをお待ちしています。
回答を見る